【世界選手権・総評】躍進にも不満足の米国! すごい他国のレベルアップ…女子




 鈴木光監督に言わせれば「2階級落としてしまった」という成績の女子。しかし現状を厳密に分析するなら、取るべきところは取った成績だったと思う。

 だが、決して楽な闘いではなかった。金メダルを取った5選手にしても、最初から最後まで楽勝続きという選手はおらず、デフェンディング・チャンピオンの浜口京子(72kg級)、伊調馨(63kg級)、吉田沙保里(55kg級)をはじめ、誰もがヒヤリとする試合展開があり、一歩間違えば優勝には手が届かなかった。

 浜口は、さすがに“マルチ世界チャンピオン”らしくポイントをリードされた場面はなかった。それでも決勝は第1ピリオドを1−1で終了し、第2ピリオドもラスト30秒までは2−1。このまま延長にもつれてクリンチスタートとなった場合、誰の脳裏にも、2年前のクリンチからの投げ技でのフォール負けの悪夢がよぎったはずだ。

 準決勝でも、右肩を相手の足でロックされ、肩を返されそうになる大ピンチを迎えている。この場面でレフェリーは2ポイントを挙げており、ジャッジが同意すれば4−4。そのまま5秒が経過すれば4−5と逆転されてしまった試合だった。表彰台で涙がこぼれるのも当然という激闘続きの大会だった。

 吉田沙保里(51kg級)も、準決勝のナタリア・ゴルツ(ロシア)、決勝のティナ・ジョージ(米国)の2試合を、ともにポイントを先制される展開。今春に欧州チャンピオンに輝いたゴルツは、3月のポーランド・オープンで山本聖子とも大激戦を演じた成長株。このままキャリアを積めば、どんなに強くなるのか、と思わせる素材だ。伊調馨(63kg級)も決勝は1点を先制され、逆転したものの最後は追いつかれて延長にもつれる接戦だった。

 59kg級の山本聖子、51kg級の伊調千春は、決してその栄冠にケチをつけるわけではないが、強豪が上下の階級に移ったことを考えれば順当な優勝。リードされることもなく勝ち続けたが、それでも山本の決勝は、0−0のまま第1ピリオド終了間際まで進む展開。準決勝もペースをつかんだあとはポイントを重ねたが、前半はなかなか波に乗れない展開だった。

 伊調千春の決勝も、ラスト20秒でやっと貴重な3点目を挙げたのであり、あわや延長勝負にもつれるところだった。

 昨年の3選手の優勝もそうだったように、決勝戦の舞台は強豪同士がぶつかるうえ、両者とも極度の緊張状態にあるので、そんな展開になるのが普通だとは思う。ジョン・スミス(米国=フリー62kg級で五輪2度、世界大会4度優勝)やバレンチン・ヨルダノフ(ブルガリア=フリー52kg級で五輪1度、世界大会7度優勝)も、決勝は1点差のぎりぎり勝利も多く、決勝というのは楽勝できるものではない。

 すなわち、女子のレベルもそこまで上がったということ。1994年の世界選手権(ブルガリア)で金6個を取った時は全試合快勝といえる6階級制覇だったが、その時とは内容が全く違うのである。

 日本が落とした五輪実施種目の48kg級は、国籍問題でごたごたしてブランクのあったイリナ・メルニク(ウクライナ)が2年ぶり3度目の優勝を遂げた。決勝は、これまた苦戦で最後は必死に逃げる展開。やはり決勝で勝つことの難しさを感じさせたが、メルニクのリードされても逆転勝ちできる勝利への執念と精神力を評価したい。

 スピード、パワー、テクニック、試合運びなどは、現段階で坂本真喜子を明らかに上回っていた。手足が短い体形と張り手まがいの前さばきの鋭さは日本にはいないタイプ。国内では山本美憂、野口美香、清水美里、吉村祥子と世界トップ選手がそろい、来年は伊調千春がおりてくるなど多彩な最軽量級だが、誰が日本代表になるにせよ、メルニクに勝つためにはよほどの実力アップと研究とが必要。打倒メルニクが日本女子の全階級制覇のカギをにぎることになるだろう。

 女子の五輪種目採用が決まったのが2001年9月。それから他国の急速な戦力アップが始まった。それでも筆者は「アテネ五輪までは、日本は世界一を守れる。金メダルを2、3個、うまくいけば全階級取れる」と予想した。ことしの大会を見た今も、その思いは変わらない。ただし、それは日本が他国と同じ角度でレベルアップをすれば、という前提においてである。日本の進化が横ばいなら、その予想ははずれ、「金0」もありうるほど、他国のレベルアップはすごい。

 昨年は「銀1、銅1」に終わって団体6位にも入れなかった米国が、ことしは「金1、銀4、銅2」と全階級でメダルを獲得し、国別対抗得点も日本と同点(内容差)の2位へ躍進。いよいよスポーツ大国が力をつけてきた。その結果より、テリー・スタイナー監督の「団体優勝は逃したが、これだけの成績でありながら、選手の顔に満足そうな表情がまったくなかったのが(自分にとって)満足」という言葉の意味を、しっかりと受け止めなければならない。米国は、来年へ向けてその雪辱に一丸となってくる。その思いは、ロシアや2008年に五輪を控える中国も同じはず。

 幸い日本の各選手には、例えば吉田沙保里や山本聖子が足首へタックルにいく、いわゆるローシングルを多用するなど、これまであまり見られなかった技が随所に見られた。このままなら他国から研究されても、その一段上をいく技術・戦略を完成できると思われる。「金5」の勝利に浮かれることなく、このまま実力を伸ばし、アテネ五輪での全階級制覇を期待したい。(文=樋口郁夫、文責=日本協会広報委員会)



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