【特集】“グレコ王国”ヨーロッパ遠征記…嘉戸洋

文・写真/嘉戸 洋(日本協会 強化委員)


 日本オリンピック委員会(JOC)のスポーツ指導者海外研修員として昨夏からウクライナを拠点に研修活動していた私は、5月22日、グレコローマンのヨーロッパ選手権が行われたセルビアモンテネグロ(旧ユーゴスラビア)の首都ベオグラードにて、同じくJOCの選手強化事業でヨーロッパへ遠征中の松本慎吾選手(グレコ84s級、一宮運輸=世界選手権日本代表、釜山アジア大会金メダル)と再会しました。

 私たちが落ち合った最大の目的は、「グレコローマン最強の地で、コーチと選手が1対1(マンツーマン)でレスリングに打ち込む」ということでした。その大会の視察から、私達の長期ヨーロッパ修行が始まったのです。

 グレコローマンスタイルにおけるヨーロッパ選手の技術レベルは他のどこよりも高く、それを直に自分の目で見て学び、考えることは、世界選手権およびオリンピックで金メダル獲得を目標とする松本選手にとって非常に大切なことであり、不可欠なことだと思いました。ヨーロッパ選手権には自衛隊の伊藤広道コーチ(日本レスリング協会強化委員)も視察に来られ、3人で大会の全試合をビデオで撮影するとともに、試合を組み立て方から作戦、細かな技術に至るまでいろいろと研究し合いました。

 「初めてヨーロッパ選手権を視察し、自分の階級や他階級のトップ選手の技術を見ることができ、とても勉強になりました」(松本談)

 大会終了翌日、私達は伊藤コーチと別れ、その後の活動拠点となるウクライナ共和国に向けてウクライナ・チームと共に寝台列車に乗り込みました。今大会でのウクライナは「銀メダル2個、銅メダル2個」の成績を残しました。金メダルはありませんでしたが、近年では一番良く、国別対抗でも常勝ロシアを抑えて3位入賞を果たした強豪国です。

 その中でも、私が所属している「スポーツクラブ・アゾフマーシュ」は、今大会に7階級中4名の代表選手を輩出した国内最強チームです。松本選手の最適の練習パートナーとなるアレクサンダー・ダラガン選手は2001年世界選手権銅メダリストであり、今大会の代表選手でした。松本選手にとっては、願ってもない最高の練習環境になりました。

 「ダラガン選手は私が出場した1996年世界ジュニア選手権の同じ階級の優勝選手ということもあり、以前から練習したい相手でもありました。実際に練習を行って感じた事は、そり技に強い選手だということです。四組みの練習時にはどんな体勢からでもそってくるので、対応するのに時間がかかりました」(松本談)

 約2週間のスポーツクラブでの練習を終えた私達は、6月10〜25日までアルーシュタというところで行われたウクライナのナショナル合宿に参加しました。そこにはウクライナのトップ選手はもちろん、各階級3、4番手くらいまでの選手が集まりました。

 そこはソ連時代からの合宿の拠点地ということもあり、ロシア、ベラルーシも同時にナショナル合宿を行っていました。ロシアは各階級4、5番手までの選手をそろえてのものでした。そして何日かは3か国(日本も含めると4か国!)による合同練習が行われ、松本選手も世界のトップ選手と肌を合わせることができ、またも願ってもない練習環境を得ることができました。

 レスリングの技術を学ばされたのはもちろんですが、それよりも基本動作である「ブリッジ」を非常によくやっていることに感心させられました。それは世界チャンピオンであろうと誰であろうと同じでした。ロシア選手はそり投げが非常にうまいのですが、その強さと柔らかさは毎日のブリッジトレーニングからくるものだと確信しました。

 立った状態から後ろへブリッジしてそのまま跳んで返ったり、ブリッジの状態から左右に回転したりと、あらゆるブリッジ運動をしているのです。このことは松本選手も感じたようで、最近では練習後にもよくブリッジトレーニングをやっています。

 「ロシア、ベラルーシのトップ選手が集まっての合宿だったので、今までにない経験ができ、いろいろなことを学ぶことができました。それから、嘉戸コーチが言われるように毎日ブリッジをやっています」(松本談)

 さて、私達のヨーロッパ修行は今後も続くのですが、6月30日から約2週間、ドイツで行われるドイツ、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、チェコ、日本ほかとの合同合宿に参加し、7月19〜20日に同地で開催される「ドイツグランプリ大会」に出場する予定です。

 その前の6月25日から私達はチェコの首都プラハに来ました。1995年世界選手権大会の開催地であり、そこで私は決勝戦のマットに立つことができました。私にとって思い出の地なのです。あの当時を懐かしむと同時に、今以上に自分を奮い立たせるため、大会が行われた体育館
(冒頭の写真)や宿泊ホテルを松本選手と一緒に訪れました。

 訪れたホテルで、偶然にも国際大会出場のために来ていた陸上競技ハンマー投げの室伏広治選手に出会うことができました
(写真左)。室伏選手とは競技は違うけれども、遠征や競技等について話をしました。最後に「オリンピックでまたお会いしましょう!」とお互いにエールを送り合って別れました。非常に刺激的な出来事でした。翌日は彼が出場する大会を見に行きました。

 「偶然にも室伏選手に会う事ができ、お互い言葉を交わす中で、戦う舞台は違っていても世界を相手に戦う姿勢にはとても共感できるものがありました」(松本談)

 このような感じで私達は異国の地で頑張っています。全てはアテネオリンピックで金メダルを取るために!


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