【特集】すべてをかけた俵返しは、無念の誤審で不発…笹本睦




 納得できない判定で、笹本が金星を逃した。2−3と追い上げ、4年間のすべてをかけて勝負に出た俵返し。ナザリアンは笹本の足にタッチし、バランスを崩すことで投げられることを回避した。マットサイドのFILAのビデオでは、角度の関係で判定できなかったというが、富山英明監督が撮影していたビデオには、ナザリアンの左手が笹本の右ひざのうしろと右のお尻にしっかりとタッチしているシーンが映っており、あきらかにナザリアンの反則だった。

 試合終了と同時にマット上に座り込んで動けなかった笹本。控室へ戻る通路を通るうちに悔しさがこみ上げてきたのか、顔をくしゃくしゃにして「こんな判定あるか!」と叫んだ。嘉戸コーチがタオルで顔を覆い、テレビ・クルーや新聞記者の前をかばうように通りすぎ、取材をシャットアウト。笹本は涙声で「4年間やってきたのに! 審判に負けにされた!」とはき捨てながら控室へ消えた。

 あとには富山監督や伊藤広道コーチがFILA副会長でもある福田富昭会長をつかまえ、ビデオを見せたりして抗議を要請。福田会長もそのビデオを持ち、FILAの役員にかけあうなど、この不可解判定を必死に抗議した。しかし、ルールでプロテスト(書面抗議)は廃止されており、勝敗が覆ることはなく、むなしさだけが残った。

 ナザリアンが手を笹本の足に触れたのは、ほんの一瞬のこと。「パン!」という感じで、右ひざのうしろを押さえ、お尻をほんの数秒、しっかりとさわっている。スロー再生がないビデオでは、1回や2回見ただけでは分からない微妙なもの。しかし全身の力をすべてかけて投げの体勢に入っていた笹本のバランスを崩すには十分な圧力を与えており、富山監督は「極めて高度な反則」と表現した。これも五輪王者、世界王者の実力ということか…。

 15分後、笹本は気丈にも報道陣の前に出てきてくれた。「上がったし、持ち上げたし、十分に感触あった。(ナザリアンの)反則とは思ったけど、審判がそうとってくれなければ意味がない」。シドニー五輪で投げられて以来の目標を九分九厘まで達成できたが、「結果がすべてですから…」と、もどかしさが残った。

 2001年の世界選手権以来、3年ぶりに戦ったナザリアンは、力は強くなく、2本の指をつかむ反則もしてきた。「ボクの力を認めてのことだと思う」。実力の接近ははっきりと感じることができた。「もしナザリアンが現役を続けるのであれば、もう1度戦いたい」と口にした。何としても、ナザリアンをマットにはわせなければ気がすまない。

 五輪V2、2002・03年世界チャンピオンを実質的に破ったことは、今後に自信がついた。「いい試合しても、負けてしまっては、2位も同じ」と言う一方で、世界チャンピオンへの手ごたえをつかんだことは確かだろう。来年以降の目標がナザリアンになるか、他の誰かになるかは分からないが、世界一への道はしっかりとついたと言える。そのためにも、5・6位決定戦は気力を落とすことなく戦い、ひとつでも上位の順位を確保したい。

(取材・文=樋口郁夫)



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