【特集】踏み込む勇気が足りず痛恨の銀メダル…伊調千春

 予選1回戦 ○[Tフォール、4:12=12-0] Lyndsey Belisle(カナダ)
 予選2回戦 ○[フォール、5:58=7-0] Brightte Wagner(ドイツ)
 予選3回戦  BYE
 準 決 勝  ○[Tフォール、4:10=12-1] Angelique Berthenet(フランス)
 決    勝  ●[2-2=9:00] Irini Mereni(ウクライナ)


 組み合わせが決まった段階で十分に予想された伊調千春イリナ・メルニク(ウクライナ)の48kg級決勝戦。伊調が準決勝までの3試合をフォール1試合とテクニカルフォール2試合、失点のトータル1というほぼ完ぺきなレスリングで勝ち上がれば、メルニクは4試合を戦い、失点0のテクニカルフォール3試合と9−0の判定勝ち1試合という好調さ。判定勝ちは昨年世界2位のパトリシア・ミランダ(米国)相手のものだ。

 ともに昨年の世界チャンピオン(伊調は51kg級の世界一)。まさに頂上決戦にふさわしい舞台となり、延長3分間を含めてフルタイム戦う死闘となった。そして手が上がったのがメルニク。第2ピリオドに取った両選手合わせてこの試合唯一のパッシブが勝敗を分けた。

 2−2で終わった時、観客の多くは「どちらが勝ったの?」という疑問をもち、ある種の静けさが会場全体につつまれたが、当事者には承知済み。終了のホイッスルが鳴ったあと、伊調はがっくりとうなだれ、地団駄をふむような顔をした。

 パッシブの数で負けているので、攻撃しなければならないことは分かっていた、しかし「攻め込む勇気がなかった。返されるのが怖かった」と、あと一歩の踏み込みが足りず、メルニクの鉄壁なでフェンスを崩すことができなかった。

 「相手がばてていたのは分かっていたのに…」。2001年の世界ジュニア選手権で対戦し破ったことのある相手だったが、世界3度優勝という実績は、周囲からは見えなくとも、伊調 の目には大きな“バリア”と映っていたようで、「勇気がなかったために、金が銀に変わりました」とポツリ。よく、「勝って終わる銅メダルより、負けて終わる銀メダルの方が悔しさが残る」と言われる。伊調の場合もまったく同じだった。「全然うれしくありません」。表彰式とインタビューでは笑顔はなかった。

 こんな伊調に対し、栄和人コーチ(中京女大監督)は「世界で勝つために、東洋大をやめて中京へ来てくれた。中京の方が練習が厳しいから、と。金を取らせてやりたかった」と、申し訳なさそうに話した。しかし妹の馨が優勝したあと、「おめでとう」と言って自分のことのように喜ぶ伊調の顔を見て、少しは気を取り直したようだ。伊調の戦いは、、まだ続くはずだ。

(取材・文=樋口郁夫)




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