【特集】新ルールでレスリングが大きく変わる!




 国際レスリング連盟(FILA)は8月20日、かねて各国に提案していたルール改正を決議し、2分3セット制の導入が正式に決まった。改正の大きな理由は、現代の国際スポーツ界のニーズに合わせた“見る人が面白いと感じるスピーディーなスポーツ”の確立のため。男子の1スタイルが最悪の場合は五輪種目からの削除もしいられようとしている中、よりスリリングな展開のあるスポーツを目指しての決断だ。

 日本選手は、3分3ピリオドの時代までにスタミナにものを言わせて世界で勝ってきたが、前日計量の実施など、ルールが変わる度に「日本選手に不利」という声が上がってきた。今回のルール改正も、2分間での勝負となるので、より瞬発力が必要。パワーで劣る日本選手の不利は否めないと考えられる。

 だが、手をこまねいて見ているだけではいけない。フリースタイルの強豪であっても、何の対策もせずにカレッジスタイルで試合をしても勝てないように(その逆も勝てない)、早急に新ルールに対応する練習をスタートし、世界に乗り遅れない対策を練らねばならない。

 日本協会の高田裕司専務理事と内藤可三審判委員長に、新ルール採用でレスリングが変わると思われる点を予想してもらった。


高田裕司専務理事(モントリオール五輪金メダリスト)の目

 2分3セット制の導入に関し、高田専務理事は「よりパワーと瞬発力が必要になってくるので、どう考えても日本選手には不利という気がする」との思いを話し、「やっと今のルールに慣れて、世界で勝てるようになったのに…。最初は勝てなくても仕方ないかもしれない」と冷静に分析。新ルールへの対策をできるだけ早く練る必要性を認めながらも、「外国だって同じようにやってくる」と、日本にとって厳しい道が待っていることを予測した。

 最初の1分間で1失点までならまだ逆転できるだろうが、「1+2点を取られたら逆転は厳しくなる」と言う。一方で「1点を先制すれば、これまで以上に有利に試合(セット)を運べる」と話し、そのためにはパワーだけではなく、1点を取るためのよりしっかりした技術も必要になる」と言う。

 これは「パッシブ〜パーテールポジション」がなくなることとも密接に関係する。これまでは、スタンド技を持っていなくとも、押し負けずに相手に圧力をかけて試合を進め、パッシブを取ってパーテールポジションからのローリング(ガッツレンチ)で勝つ選手もいた。新ルール下では、このスタイルの選手は根本的に戦い方を変えなければならない。自分の力でパーテールポジションをつくり出さなければならず、スタンドでの技のない選手は大きな不利を背負うことになると見ている

 もちろんグラウンドも「おろそかにしてはいけない」と警句を発する。ローリングとアンクルホールドは、これまではルールによって1回転のみしかポイントにならなかった。ローリングの防御の弱い選手であっても、2失点で押さえ、仕切り直して反撃を試みることができたが、今度からは一気に6ポイント差をつけられセットが終わってしまうことになる。

 レスリングの質が大きく変わり、練習内容も根本的に変えなければならないようだ。練習では、「長い時間のスパーリングは必要ない。スパーリングなら1本2分間でいい。あるいはどちらかが1ポイントを取るまでのスパーリング」と指摘する。実際に高田専務理事が監督を務める山梨学院大は、すでに1分間スパーリングを取り入れているという。「最初の1分で1ポイントを先に取れる選手が有利になる。ランニングも長い距離を走るのではなく、インターバルのように瞬間的な爆発力が出せるようなやり方が大事になる」と、各指導者にアドバイスを送った。

 心配のひとつに、これまでの日本は「スタミナにものを言わせて勝ってきた選手ばかり」ということがある。スロースターターと言われた自分を含めて短時間で力を出し切るやり方で勝った選手はいないので、経験に基づいて“短時間爆発練習”を指導できるコーチがいないことの不安を口にする。

 極論になるが、第1セットはポイントを取らなくてもいいから相手を動かせるだけ動かし、第2、3セットで勝負をかける戦い方も考えられるが、これは「絶対にダメ」と一蹴。「1セットは2分間。30秒のインターバルで息を吹き返してくる」からだ。

 まだ正式決定ではないが(来年1月までに決定)、場外に出てしまうと、理由のいかんによらず1失点というルールも、レスリングの質が変わることだという。これまでにも、本人は逃げる意思がなくともタックルを受けて場外に出てしまうと場外逃避の警告を受けて1失点となるケースがあったが、しっかりと防御して不可抗力の場外と見せかけると、単なる「場外」となって失点にはならず、マット中央からの再開となるケースも多かった。その“演技”が通じなくなるわけで、相手のタックルをしっかりと受け止めるなり、タックルを受けながら回る込む技術も必要になってくると指摘する。

 ことし12月に全日本選手権は新ルールで実施。「高校や中学も、早く新ルールでやってほしい」と、傘下連盟にも新ルール採用をうながしていく予定だという。

(取材・文=樋口郁夫)


内藤可三審判委員長(2002年世界選手権・最優秀審判)の目

 過去例のないほどの大がかりなルールの変換だが、内藤審判長は「スピーディーになり、観客からは面白いという声が聞かれるかも」と予測する。敗者復活方式の導入は、「消化試合がなくなり、だらだらした試合がなくなる」と歓迎する。

 試合は、やはり「先取点を取った選手が有利。1セット2分間なので、1、2点を取れば逃げ切ることはできる」と予想。ほかに「5点技1回、3点技2回でセットを取れるので、投げ技のある選手が有利になる。投げ技の会得が必要になってくるのでは?」と予想。

 「パッシブ〜パーテールポジション」がなくなるが、これまで世界での日本選手は、多くがこのパターンからのローリングで先取点を許しているので、このルールは「日本選手に有利なことかもしれない」と見ている。その分、スタンドの攻防が重要になるわけで、クリンチの攻防を含めて対策を練る必要があると見ている。

 来年1月にも正式に採用が見込まれる「場外へ出ると、いかなるケースでも1失点」というルールに関しては、レスリングの技でなく相撲の押し出しや押しくらまんじゅうのような感じで外に出されても1失点となると、選手からは反発が予想される。「それではレスリングではなくなくなる」という声も出てくるだろう。それらは十分に予想済みで、「来年1月の会議で十分に検討されると思う」と、現段階での見解は控えた。

 先月には韓国の国際大会で新ルールのテスト大会をやったが、「面食らっていた審判はいなかった」という。日本の審判にもすでにルール改正の大まかなことは伝えてあり、国体時にも正式に通達し、完全に把握してもらう予定。「選手が戸惑わないよう、まず審判が新ルールを完全に理解してもらうように全力を注ぎたい」と話していた。

(取材・文=樋口郁夫)



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