【特集】ワダ・スペシャルを指導する少年少女クラブ・ゴールドキッズ





 全国で200を越えるクラブが存在する少年少女(キッズ)レスリング教室。指導者は高校や大学時代にレスリングをやっていた選手ばかりではなく、昔はレスリングに何の関心もなかった人も少なくない。子供をレスリング教室へ通わせるうちに、見ているだけでは物足りなくなったり、代表に頼まれてコーチとしてマットに上がるようになった指導者だ。

 レスリングの経験がないと、中学生以上の選手はおいそれとは教えられないかもしれないが、キッズレスラーなら教えられる。「後ろへ下がらず前へ進みなさい」「思い切ってタックルへいきなさい」「相手を倒したらローリング、あるいは腕をとってフォールを狙いなさい」。この程度の指導なら、経験者でなくともできる。

 大阪・吹田市民教室はそれで確固たる王国を築いた。押立吉男代表の指導理念はこの基本レスリング。レスリングの素人であっても、練習に来て子供たちの相手をしてくれる父母は誰でもコーチとして受け入れた。

 全国大会19度の優勝が示すように、そのやり方に間違いはなかったはずだ。親が子供たちと一緒に汗を流すことで強力な団結力が生まれる。少年少女の大会で勝つには、逃げることなく闘い、「絶対に勝つ」という折れない気持ちをいかにもたせるかが大事だ。

 その吹田市民教室のコーチが、10月30日に大阪・吹田市で行なわれた押立杯関西少年少女選手権で、「なんだ、あのハイレベルのレスリングは?」と目を見張ったのが、東京から唯一参加した創部4年目の新興クラブ、ゴールドキッズの選手たちだ。元女子世界チャンピオンの成国晶子さん(旧姓飯島
=写真上、長男・大志君、長女・琴音ちゃんと)が代表を務めるクラブで、打倒・吹田市民教室を目標に、あえて敵の陣地へ乗り込んだ。

 キッズ・レスリングが広まるにつれ、以前には見られなかった技が見られるようになったのは確かだが、基本はタックル、そしてローリングと腕とり固めだろう。しかし、ゴールドキッズで小学校4年生にして全国大会6連覇を達成している水野真斗選手
(写真左の赤)は、初戦で何とワダ・スペシャルを披露。他クラブの指導者をあ然とさせた。ほかにも世界チャンピオン仕込みの多彩な技が多く見られ、キッズ選手にここまで高度な技を指導しているクラブは、そう多くはないと思われる。

 ワダ・スペシャルとは、日本協会の和田貴広専任コーチの現役時代の必殺技
(写真右)。世界V8のセルゲイ・ベログラゾフ(ソ連)が使っていた技でもあるが、相手の股の間から手を入れて相手の手首をつかみ、自らも回転しながら相手の体をマットで回転させるという高等技で、96年アトランタ五輪前には世界の強豪からマークされた。勢いがつけば何回転でもでき、4点、6点と入る。新ルール下では大きな武器になると思われるが、難易度の高い技と見えて、和田コーチの引退後、使う選手はまだ出現していない。それをキッズ・レスリングの大会で目にするとは思わなかった。

 成国代表によれば、教えたというより、「こんなのどう?」とやって見せたところ、水野選手が面白がってやり始め、自分のものにしたのだという。成国代表が言う。「高校や大学になってからワダ・スペシャルをやろうとして、できるものかしら。子供のうちから自分の体をクルクルと回して技をかけられれば、大人になってからも普通にできると思うんです」。

 成国代表の主張は「キッズのうちに、できるだけ多くの技を教え、その中で吸収できるものを吸収させ、自分に合った技を自分のものにさせていきたいです」。ワダ・スペシャルの指導もその一環だったという。

 また、「まずタックルへ入る」がこれまで主流だった指導で、レスリングに取り組んだ選手は、初心者のうちには例外なくタックルへ入る練習をさせられたと思うが、成国代表は「まず“崩し”だと思います。相手のバランスを崩してこそ、タックルが決まるわけですから」と主張。「大人相手に力の限りタックルさせる練習に面白さがありますか? 練習中にも笑いが出るような楽しいレスリングをさせなければ…」と、「まずタックル」「まずローリング」という練習に疑問を投げかける。

 そのため、選手の父母には指導に口を出させない。父母が練習についてきてくれることは歓迎だし、子供たちがくじけそうになった時には「がんばれ!」と声をかけてもらうが、指導は自分に任せてもらっている。コーチという肩書きの指導者は2人いるものの、選手の指導に関しては自分だけがやる仕事。「多くの人から別のことを言われたら、子供たちは戸惑うだけですから」。世界一に輝いた選手だけあり、指導者になった現在も確固たる信念を持ってレスリングに接している。

 こうした指導に危険があることも確かだ。キッズのうちから多くの技を身につけると、技に頼って体力をつけることがおろそかになり、骨太の外国選手に太刀打ちできなくなる可能性があるからだ。また、現在でも、高校生になって高校進学後にレスリングに取り組んだ選手と闘う時、返し技で簡単に勝てるので楽をして勝つことを覚えてしまい、伸びが止まってしまう事例が報告されている。技中心の指導をしてしまうと、それに拍車がかかってしまうこともありうる。

 成国代表もその危険性は認めている。しかし「正しく指導すれば、決してそんな選手にはならないと思う。目先の勝利にこだわらず、またギューギューに詰め込まず、選手を伸ばす指導をしてほしい」と、いずれ教え子の指導を託さねばならない高校の指導者へ要望する。

 そして練習にウエートトレーニングを取り入れ、技に走って体力つくりをおろそかにしない努力もしている。「小学生にウエートトレーニング?」と首をひねるのは「遅れている」と断言する。負荷や回数を間違わなければ、ウエートトレーニングで体力は倍増するという。自らの現役時代にもこうしたスポーツ医科学の研究は怠りはなくやっており、これもまた信念に従った指導だ。

 この指導が、現在そして将来の選手育成にどう出るか。現在に関しては、昨年の全国少年少女選手権で2位に入り(11名以上の部)、ことしは3位入賞を逃しながらも「金5・銀5」を取り、まずまずの成果を挙げている。「打倒・吹田市民教室」の目標は達成できるか? 受けて立つ吹田市民教室は、どんな指導で迎撃するのか? そして、将来オリンピック選手を輩出することができるか?

 多くの意味で、“世界チャンピオンが指導するクラブ”ゴールドキッズの動向に注目が集まる。
(写真右=押立杯の幼年19kg級で1・2位を独占したゴールドキッズ。右は優勝した稲葉海人、左は2位になっておかんむりの成国琴音)

(取材・文=樋口郁夫)


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