【特集】五輪V2へ向けライバルに“恵まれる”伊調馨





 55kg級の吉田沙保里(ALSOK綜合警備保障)とともにアテネ五輪を含めて4度目の世界一に輝いた63kg級の伊調馨(中京女大)は、帰国してからすぐにハードな練習を開始した。それもそのはず、中京女大の新キャプテンに任命され、リーダーとして若い選手に手本を示さなければならないからだ。

 「チームは全日本選手権へ向けて燃えています。もう1日3時間、みっちり練習しています」という状況では、世界選手権での激戦の疲れをとりたいと思っても、悠長なことはいっていられない。後輩も伸びてきている。いつ“明智光秀”のような選手が出てくるか分からない。 “敵”となる選手に弱みを見せられないという立場もあり、帰国直後から厳しい練習に身を投じた。

 世界選手権では、アテネ五輪の決勝の相手だったサラ・マクマン(米国)に2−0で勝ち、67kg級でアジア・チャンピオンになった景瑞雪(ジン・ルイシュ=中国)にも2−0で快勝。8月のユニバーシアードでやや苦戦したオルガ・キルコ(ベラルーシ)とは対戦がなかったものの、4試合で落としたピリオドはなく、失ったポイントはマクマン戦の3点だけ。首ひとつ抜け出ている状態での優勝を飾った。

 しかし安閑としてはいられない。国内でのライバルだった正田絢子(ジャパンビバレッジ)が1階級下げて優勝を飾り、北京五輪へ向けてより強力なライバルとなって立ちはだかる可能性が高いからだ。

 10月26〜28日に行なわれる国際オリンピック委員会(IOC)の理事会で北京五輪でのレスリングの階級数が正式決定する見込みで、もし女子4階級のままなら、北京五輪の代表を正田と再び争わねばならない。世界一復帰を経験した正田は、アテネ五輪前とは比べものにならないほどたくましくなっていることが予想される。

 「正田さんが勝ってくれたのは、とてもうれしかったです」と、まずは祝福を贈った伊調。マットの上では倒さねばならない敵で何度も退けてきたが、それだけに栄光を勝ち取ってくれたのはうれしかった。正田がいたから自らの実力が伸びたことも確か。アテネ五輪で金メダルを取れるまでに力を伸ばした“恩人”でもある。

 その正田の快挙は、新たなやる気をもたらしてくれた。この春、正田が59kg級に階級を落とした時、伊調はちょっぴり気抜けしたという。激戦の中に身をおいている時は「辛い」と思うことであっても、そのライバルがいなくなると、闘志が盛り上がらなくなるのも事実。過酷ではあっても、ライバルの存在が自らの力を伸ばしてくれる。

 「正田さんに勝って、北京オリンピックへ出たい。世界一に返り咲いた正田さんに勝てば、大きな自信がつきますから」。決戦の時が来年になるのか、さ来年になるのかは分からないが、世界で敵なしという状況をつくりあげた伊調にとって、正田の存在はこのうえない起爆剤。神様はうまい具合にライバルを差し向け続けている。

 IOCの決定次第では、正田との闘いの時はやってこないかもしれない。それであっても、中京女大で自らを目標に必死で闘う選手の存在は、伊調に心のすきを与えることはないだろう。無敵の世界チャンピオンは多くの敵に囲まれ続け、さらに力を伸ばしていく。

(取材・文=樋口郁夫、2005年世界選手権撮影=矢吹建夫)


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