【特集】姉・千春に大きなプレゼント…女子63kg級・伊調馨





 昨年のアテネ五輪後、祝勝会、テレビ出演、新聞・雑誌の取材に追われる中、誰よりも先に「こんなことをしていては、北京五輪では勝てない」と、自らを戒めるように言ったのは女子63kg級の伊調馨(中京女大)だった。

 「アテネのことはもう忘れて、1日も早く再スタートしなければ…。自分以外の世界中の63kg級の選手は、もう北京五輪を目指して動き始めているんですから。いつまでも金メダリストだなんて浮かれていると、ビリになっちゃいますよ」

 “スロー・スターター”と言われ続けてきたが、それでは新ルールには対応できないと、考え方を根本から改め、レスリング・スタイルを変えた。胸から当たり、体を密着させて返されないようにする独特のタックル。グランドの攻防でもつれても、必ず上になれるずば抜けたボディコバランス。世界を制してきた武器に新たにパワーもプラスし、さらに高いレベルを目指した。

 だが、3連覇、アテネ五輪を含めて4年連続の世界一をかけて臨んだ世界選手権、ひとつだけ足りないものがあった。姉・千春の支え。02年世界選手権(ギリシャ・ハルキダ)でともに初出場して以来、常に2人に戦い、自分を引っ張ってきてくれた千春がいない。

 「正直、ちょっと心細いところもあります」ともらしていた馨だったが、27日に千春が日本から応援で到着し勇気百倍。試合前、姉は一言、妹に告げた。「腰を落として」

 初戦の相手は2003年世界選手権(米国・ニューヨーク)とアテネ五輪の決勝で戦ったサラ・マクマン(米国)。馨は試合開始早々、マクマンを両足タックルから一気にマットにたたきつけ、3ポイント奪取。“ニュー馨”をアピールすると、その勢いに乗って3回戦、準決勝と、つけ入るすきを全く与えない安定感抜群のレスリングで完封勝ちした。

 「初めての選手なのでどんな戦い方をするかわかりませんが、自分のペースで戦うだけです」と臨んだ景瑞雪(中国)との決勝も3−0、1−0。第1ピリオドを闘った段階で、5月のアジア選手権(中国)で闘った中国代表のメン・リリより「弱い」という感覚があった。その精神的優位もあって力の差を見せつけた。“馨時代”が全盛期を迎え、さらに発展することを世界にアピールした。

 大会前、「千春のために戦います」と語っていた馨は、「優勝できてホッとしています。来年は、もう一度姉妹同時優勝します」と宣言。すると千春も、「ドキドキしっぱなしでしたが、自分が優勝したときよりもうれしいです。カオリン(馨)が聞かせてくれた君が代を聞いて、大きなプレゼントをもらったような気がします。来年は自分も世界選手権に出場して、2人で優勝できるようがんばります。カオリンに引っ張られながらですけど、いっしょに北京を目指します」と誓った。

(取材・文=宮崎俊哉)




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