【特集】栄和人監督の“涙の激励”で銅メダル獲得…女子48kg級・坂本真喜子






 3位決定戦(写真右)の第2ピリオドを取り、ピリオドスコア1−1として返ってきた女子48kg級の坂本真喜子(和光ク)に、栄和人監督(中京女大職)が厳しく言い放った。「おまえを、こんな弱い選手に育てた覚えはない!」。その目は真っ赤だった。

 今は藤川健治コーチ(自衛隊女子監督)から指導を受けているが、中京女大附高へ入学して以来、世界のトップにまで育ててもらったのは栄和人監督だ。その栄監督が涙を流して叱咤(しった)激励してきた。スタンドには両親、そしてレスリングの基礎を教えてくれた勝村靖夫・元八戸キッズ代表もいて、メダル獲得を望んでいた。

この世に生を受けてから19年間の自分を、常に見守り続けている人たちが熱い思いを寄せている。ここで負けていいのか。坂本の瞳から不意に涙がこぼれた。落ち込んでいた気持ちを必死の思いで建て直し、タックルを決めると、こん身の力でローリング3回転。45秒で終了のホイッスルを鳴らし、銅メダルを獲得した。「アイツ、泣きながら闘っていたよ」とは、自らの涙も乾かない栄監督の言葉。師弟が必死の思いで勝ち取った銅メダルだった。

目標は金メダル、そして5月のアジア選手権で負けた任雪層(レン・シュエセン=中国)への雪辱だった。その任雪層にまたしても苦杯を喫し、バックステージでは涙が止まらなかった。3位決定戦まで約2時間。監督やコーチが、そして姉・日登美が「メダルは確保するんだよ」と励ましたものの「上の空でした」。盛り上がらないまま3位決定戦のマットへ上がり、第1ピリオドを失った。

そして栄監督の涙の激励。銅メダルを手にした坂本は「ここでメダルを取らなかったら次はなかった。メダルを取ったことで次につながる。最終目標は北京五輪なので、ひとつずつ山を越えていきたい」と大会を振り返り、来年以降の世界チャンピオン実現を誓った。

渡欧前の練習で左ひざを痛め、満足にスパーリングできないままブダペスト入りした。しかし、栄和人監督と藤川コーチに鍛えられた地力、そして姉とのタッグで世界一を目指そうとする気持ちの前に、ハンディにはならなかった。「けががあったから、上半身を強化できた。それがプラスになったと思う」。遭遇したことすべてをプラスに持っていく前向きの気持ちを持って迎えた大会。

 51kg級に出場が予想されたアテネ五輪金メダリストのイリナ・メルニク(ウクライナ)が48kg級に出てきたが、反対側のブロック。坂本の目は、まず5月のアジア選手権で負けていた任雪層に向けられていた。

 「力がある」というのが任雪層の1、2回戦を見た坂本の感想。「防御をしっかりしたい」という戦術を考えて臨んだ。「1ポイントを先制したとき、いけると思った。(相手の)押しに負けてしまった。負けて、まだやらなければいけないことがあることが分かった」。この任雪層が決勝でメルニクを破り、大きな目標ができた。ほかに初戦のフランス選手も強いという感じがあり、「外国選手は国内とは違う力強さがある。克服していきたい」と言う。

 試合前のウォーミングアップ場では、自分のコンディションづくりで精いっぱいのため、姉・日登美とはほとんど会話もなかった。しかし血のつながった姉妹。「いつも目で会話していました」と話し、お互いの共通の思いの優勝へ向けて無言のうちに励ましあってきた。

 その姉は世界チャンピオンへ再度かけ上がった。世界最強の選手の練習と行動を常に間近で見ることができる。銅メダルという財産とともに、これまで以上に心強いサポーターを得た真喜子の来年の健闘を期待したい。

(取材・文=樋口郁夫)




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