【特集】世界選手権へかける(6)…男子フリー84kg級・山本悟




 ある程度の才能と実力を持った選手が、さらに一段上へ上がるには、練習の量ではなく、質と工夫だと言われる。これまでに数多くの全日本チャンピオンを育ててきた日体大の藤本英男部長は、それ以外にも「人間としての成熟」をよく言う。「人間として成長できない選手はね、レスリングでも強くなれないんだよ」。

 社会人になったことで、学生時代に破れなかった壁を破り、今回の世界選手権へ挑むのが男子フリースタイル84kg級の山本悟(岡山・烏城高教)だ。群馬・西邑楽高校時代は国体3位が最高だったが、日体大へ進んで新人戦で勝ち、4年生のときには団体戦レギュラーを取るまでに成長した。しかし、グレコローマンで学生王者に輝いたものの、“本職”のフリースタイルでは学生王者になれずじまい。

 4年生の時の全日本学生選手権と全日本大学選手権では、ともにスーパールーキーの磯川孝生(拓大)に敗れて優勝を逃す屈辱を味わったほど。04年3月に大学を卒業し、岡山県の教員へなった。練習環境は間違いなく落ちることになる。その段階で、「選手としてはここまで?」と見る向きもあっただろう。本人からして「正直なところ、日本代表になれるとは思っていませんでした」と振り返る。

 ところが周囲と本人(?)の予想に反し、ことし6月の明治乳業杯全日本選抜選手権で宿敵の磯川を破って日本代表権を獲得
(写真右)。世界選手権へ挑むことになった。練習の量も、練習する相手も、間違いなく減っているのに、なぜか? 「人間としての成長でしょう」と分析するのが日体大の安達巧監督。「練習の量は減っても、社会へ出て教員となり、すべての行動を自分の責任でやらなければならなくなったことが大きいと思います」と言う。

 本人も「学生時代は環境に恵まれすぎていました。練習は、言われたことをやるだけでした。就職してからは、自分で考えなければならなくなった。いまは毎日、『今日はこんな練習をする』と考えてやっています。これがよかったのだと思います」と言う。藤本部長や安達監督が言う“人間としての成長”が、力を大きく伸ばしたことは間違いない。

 今秋の岡山国体のために岡山県へスカウトされたが、烏城(うじょう)高校定時制の体育の正式教員としての仕事をしており、国体要員によくある“レスリングが仕事”ではない。仕事が終わってからが練習時間であり、学校にマットがないので普段はジムでのトレーニングが主となる。日本代表になったことで全日本合宿に参加させてくれる優遇があるものの、合宿が終わって岡山へ戻り、次の合宿に参加する頃には体力が落ちていることを実感する。確かに、練習環境には恵まれていない。

 その分、合宿での練習は一瞬たりとも無駄にはできない。練習への集中度は、東京に住んでいる選手以上といっても間違いではあるまい。「職場に迷惑をかけていますから、結果を出さなければならないと思っています」という意識を持って打ち込めるのも、“人間としての成長”ゆえのことだろう。

 とはいえ、世界選手権が簡単に勝てる大会でないことは認識している。「メダルを目標に頑張ります」という一方、「今回が最後の世界選手権とは思っていない。気持ちで負けず、来年へつながるような試合をしたい」と、目先の勝利にこだわらず、北京五輪を見すえた闘いをしていく腹積もりだ。

 この階級のアテネ五輪代表の横山秀和(秋田・秋田商高教)も、地方教員という恵まれない環境の中で実力をキープし続け、晴れ舞台へコマを進めた選手だ。練習環境がよくなくとも、気持ちの持ち方ひとつで上へいくことができる。山本にも、全国の地方教員レスラーの目標となる活躍が望まれる。


 ◎男子フリー84kg級展望

※出場選手が判明した場合は差し替えます。

 
《米国》アテネ五輪優勝のカエル・サンダーソンは休養。代わって新顔のムハメド・ローワルが出場する。五輪V2のジョン・スミスのオクラホマ州立大での教え子で、ことしのデーブ・シュルツ国際大会で2位に入ったのが目立つ程度の選手。どのくらいやるか?

 
《ロシア》アテネ五輪3位のサジド・サジドフ(写真左)が、3月のメドベジ国際大会、5月のアリ・アリエフ国際大会で優勝。ナウラス・テムレゾフが1月のヤリギン国際大会で優勝。4月の欧州選手権で3位になり、8月のジオルコウスキ国際大会で2位。どちらが出てくるか?

 
《ウクライナ》アテネ五輪7位のタラス・ダンコが2月のキエフ国際大会、4月の欧州選手権、8月のジオルコウスキ国際大会にいずれも優勝と絶好調。

 
《キューバ》アテネ五輪4位のヨエル・ロメロが、3月のワールドカップで優勝。その後も5月のアリ・アリエフ国際大会2位、6月のウマハノフ国際大会優勝と力をキープしている。

 
《イラン》アジア選手権優勝のサイド・エブラヒミ(写真右)は初顔だが、3月の地元のタクティカップでも優勝し、8月のジオルコウシキ国際大会でも山本を破るなどして3位に入っている。世界選手権にも出てきそうだ。それともワールドカップ3位のフェリドン・ガンバリピサールか、アテネ五輪5位のマジッド・コダエイか。

 
《韓国》アテネ五輪2位のムン・エウイヤエは、ことしはまだ活動していないもよう。アジア選手権に出てきたパク・ミンジンは同大会の初戦でイラク選手に敗れている。


 ◎山本悟の最近の主な国際大会成績

 【2004年デーブ・シュルツ国際大会(グレコ84kg級)】(16選手出場)

予選1回戦  BYE
予選2回戦 ○[不戦勝] Jake Plamann(米国)
予選3回戦 ●[0-5=6:13] Jake Ckark(米国)

 【2004年アジア選手権(フリー84kg級)】=
5位(9選手出場)

予選1回戦  BYE
予選2回戦  ○[3−0] A. Kumar(インド)
予選3回戦  ●[0−3] M. Kurugliev(カザフスタン)
敗者復活戦 ○[Tフォール、1:15=10-0] Abdo Ali(レバノン)
敗者復活戦 ●[フォール、1:37=0-3] Moon Eui Jae(韓国)

 【2004年世界学生選手権(グレコ84kg級)】=
8位(13選手出場)

予選1回戦 ●[0−8] Seweryn Szreder(ポーランド)
予選2回戦 ○[8−3] Vieko Proovel(エストニア)
予選3回戦 ●[0−7] Seyed Hossein Marashien(イラン)

 【2005年ジオルコウスキ国際大会(フリー84kg級)】=
13位(16選手出場)

1回戦 ●[0−2(0-1=2:30,0-1)] Said Abrahimi(イラン)




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