【特集】五輪銅メダリストを撃破! 屈辱はね返す意地で世界へ飛躍…フリー60kg級・湯元健一





 「全日本王者」「日本代表」…などという肩書きは、選手の実力を最も端的に表わす。細かな技術論を並べてその選手の実力を説明するより、誰に対しても分かりやすく選手の強さを伝えてくれる。

 逆に言えば、そのタイトルを持っていない選手は、なかなか周囲に認めてもらえない。今回の明治乳業杯全日本選抜選手権(世界選手権代表選考会)で、その狭間(はざま)に入ったのがフリースタイル60kg級の湯元健一(日体大)だ。

 同級は、小島豪臣(日体大)が「全日本王者」、井上謙二(自衛隊)が「アテネ五輪銅メダリスト」、高塚紀行(日大)が「ユニバーシアード日本代表」、大沢茂樹(山梨学院大)が「アジア・ジュニア王者」と、“タイトルホルダー”がずらり。本HPには、この4選手の争いという記事が掲載された。

 湯元は02年インターハイを制し、04年のJOC杯と東日本学生春季新人戦でも優勝。ここまで無冠というわけではなく、04年のアジア・ジュニア選手権で銅メダルを獲得し、全日本選手権でも3位と実力を発揮。将来を嘱望されていた。しかし昨秋の全日本大学選手権、今春のユニバーシアード予選と不調で上位進出を逃している。シニアになってからタイトルを手にしていないこともあり、同級の激戦の中で名前が消えてしまった。

 湯元は「ホームページの記事を読んだとき、カチンときましたよ」とチクリ。5月の東日本学生リーグ戦では高塚紀行を撃破していたし、ジュニアの大沢茂樹よりも下にランクされたことも怒りのひとつだ。だが、「あれで発奮できましたけどね」とも。

 この怒りだけが勝ち上がれたエネルギーではないだろうが、全日本選抜選手権では予想を覆す快進撃を見せた。初戦でユニバーシアード予選で敗れた大館信也(国士大ク)にリベンジ、2回戦でアテネ五輪銅メダリストの井上を破り、決勝では昨秋の全日本大学選手権で敗れた高塚に勝って優勝。高塚には2連勝となり、実力の違いを見せつけた。

 湯元と小島の世界選手権代表決定プレーオフ
(写真左)が決まった時、勝者の予想を問われた日体大の藤本英男部長と安達巧監督は、ともに「全く分からない」と答えた。「あえて予想するなら、どっち?」と食い下がる筆者の問いにも、「分からない」と、寸分であっても優劣の予想はたてられないと口をそろえた。全日本王者と互角に戦える実力を、指導者の2人はしっかりと見ていた。

 実力がありながら、一時的にスランプに陥り勝てなくなることは、どの選手にもあること。日本協会の和田貴広専任コーチも、大学3年生の時(92年)に一躍スターダムにのし上がったあと、翌93年にはスランプに陥って、国内大会で黒星を喫したりもしていた。その壁を乗り越え、世界トップへ駆け上がった。

 いま、湯元はひとつの壁を乗り越えた。世界選手権の日本代表というタイトル、それも五輪銅メダリストを破っての価値あるタイトルを手にし、これを自信に一気に飛躍へつながる可能性は十分。自分を高く評価しなかった人間を、勝つことで見返す意地も頼もしい限りだ。

 世界選手権へ初出場ということも、昇り調子の選手にとっては「手の内を知られていない」という大きな“武器”になる。井上謙二がアテネ五輪で銅メダルを取れたのも、手の内を知られていなかったという“武器”が少なからず作用したはずだ。そのことは湯元も承知しており、「思い切って戦いたい」と口にする。

 将来は、もちろん北京オリンピックへの出場が目標だが、自分のことだけではなく、拓大に在籍している双子の弟の進一(55kg級)との兄弟そろっての出場という目標もある。進一は昨年の全日本大学グレコローマン選手権で優勝しているが、本来はフリースタイルの選手。フリー55kg級には、アジア3位の松永共広、ユニバーシアード代表の清水聖志人といった強豪が控えており、北京への道には高い壁が存在するのが現状だ。

 だが、小学生の時からともにレスリングに打ち込み、辞めたくなった時には無言のうちに支えあってきただけに、「2人そろって出場したい」という気持ちが強い。今回の兄の世界選手権出場に、弟がどう発奮するか。1+1が3にも4にもなる兄弟の相乗効果で、2人そろっての快挙を目指したいところだ。

 今のレスリング界は伊調姉妹(千春・馨)、坂本姉妹(日登美・真喜子)など姉妹で活躍する選手が多い。3年後、湯元兄弟がレスリング界を席巻するか? そのためにも、まず今年の世界選手権で健一が好成績を残さねばならない。

(取材・文=樋口郁夫)


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