【特集】見つめる目標は常に世界一。今夏の練習にかける!…グレコ84kg級・松本慎吾




 6月22〜23日の明治乳業杯全日本選抜選手権で世界選手権の代表権を獲得した選手は、7月1日から東京・国立スポーツ科学センター(JISS)で全日本チーム合宿へ入った。初めて日本代表となった選手にとっては、ちょっぴり緊張する合宿。また、ドイツから強豪チームが参加しており、激戦の疲れもまだ取れやらぬ選手にとっては、きつい日程となったかもしれない。

 しかし、4度目の世界選手権出場を決めた男子グレコローマン84kg級の松本慎吾(一宮運輸)にとっては、ふだんとさほど変わらない合宿でしかなかった。ドイツの同級にずば抜けた強豪がいて、その選手が来日でもすれば、また違った感覚なのだろうが、そうではない。海外への遠征や修行の多い松本にとって、単に目の色の違った選手が相手だからといって、特別に意識するほどのことではない。

 もちろん世界選手権の代表権を取ったことへの感慨もない。「あくまでも世界チャンピオンを取ることが目標。国内で勝ち抜いたからといって、何も感じることはありません」。世界選手権へ向けてのひとつの通過点となる合宿であり、ふだん通りの日独合同合宿だった。

 とはいえ、日本選手内の練習では経験することのない練習はできている。それがグラウンド技の守りだ。外国選手は日本選手よりパワーや瞬発力に優れており、松本といえども一気に持ち上げられてしまうことがある。ルールが変わり、早ければ試合開始1分という段階で仕掛けてくる体力十分のリフト技をこらえなければならなくなった。

 「日本では自分を持ち上げてくる選手はいません。ドイツ選手との練習は、守りの面で練習にはなりますね」。リフトの攻撃力をアップするには、自分より体重の重い選手を相手にして練習を重ねることで体力の強化になる。スピードのある選手対策は、逆に体重の軽い選手との練習で身につく。ともに国内の選手が相手であっても事足りるが、欧米選手のパワーに対抗できるデフェンス力を身につけるには、国内の選手との練習だけでは不十分というのが現状。この意味で貴重な経験のできた合宿だった。

 「何度もトライし人一倍練習することで、技術は身につくと思います。経験を積むことで、実戦に生かされると思います」。まだ手さぐり状態だという新ルール下でのリフトの攻防。世界選手権までに多くのタイプの相手と、多くの練習を積む必要があることは言うまでもない。

 まだ大学院の授業が残っており、この合宿も途中で切り上げるなど、練習に専念という状況ではない。しかし決して焦りはない。世界選手権まで「まだ90日にある」という感覚であり、大学院進学は長い目で見ればプラスになるとして自分の選んだ道。目の前の目標に全力で挑めばこその難関だ。

 その授業も間もなく終わり、次回の菅平合宿(7月15日〜)からは練習に専念できる。「ちょっと体力が落ちているので、そこでしっかりと作り直します」。地力があるだけに、じたばたするようなことはない。世界選手権までの練習スケジュールがしっかりと頭にインプットされているのだろう。

 8月上旬にはポーランドへ遠征し、欧州各国選手による合宿に参加し大会に出場することが決まった。ここでも外国選手相手に貴重な練習と実戦をこなせるが、「どんな選手が来るんですかね。強豪に来てもらいたいです」と、こうした機会をもてることを手放しで喜ぶのではなく、「強い選手と戦いたい」という気持ちの方が強い。

 アテネ五輪予選の約2か月前に米国のコロラドスプリングスへ修行に向かいながら、米国のトップ選手が参加してないと知るや、予定を切り上げてすぐに帰国したことがある。今の松本は、並の外国選手との練習では物足りなさが残るのだろう。「意味がない」と考えているのかもしれない。それは、世界チャンピオンへの気持ちの強さゆえのこと。生半可な気持ちで“世界一”を口にしているのではない。

 松本の世界選手権出場は最終日の10月2日。日本の“真打ち”としての登場だ。がんばれ、日本のエース! 日本レスリング界は、今秋の快挙を心待ちにしているぞ。

(取材・文=樋口郁夫)


《前ページへ戻る》