【特集】審判団も戸惑う新ルールだが、必要な正確な知識




 アジア選手権の開幕前日のテクニカルミーティングで急きょ通達されたグレコローマンの新ルール。昨年に通達された両者ががっちり組み合ってのクリンチ、ことし初めに通達された防御側が組まなくともスタートされるクリンチ、ことし2月に通達された両差しのクリンチに続き、約半年で3度目のルール改正となった。

 今度は微修正でなく、大きな改正といえるだろう。欧州ではほとんどの国の人間が英語を理解できるので、審判会議などで通達されれば、さほどの混乱はなく伝わるが、アジアの場合、英語はカタコトという審判が少なくない。新ルールが全審判員に細部まで伝わっておらず、誤審といえる試合が相次いだ。

 一番の混乱となったのが、攻撃権のある選手が30秒間の攻撃でポイントを取れなかった時、警告が課されられたうえで相手に1点が入ること。防御側がカウンターでポイントを取っても、このルールは適用される。ここに混乱の原因があった。

 普通の試合の場合、例えばA選手が逃げ回り、審判が技術回避の警告を与えようとする直前にB選手がテークダウンを取ってポイントを取った場合、A選手に警告はつかずに試合が続けられる。これに従い、防御側の選手がポイントを取った場合に攻撃側の選手には警告がつかないものという思い込みがあった。

 笹本睦選手の3位決定戦で、そうしたケースがあった。(参考記事 ⇒ クリック

《当初の判定=笹本の勝ち》

笹 本 韓 国
  時間 警告 攻撃権 内    容 攻撃権 警告
1P 1:00     スタンドの1分間で両者得点なし    
  1:30     防御側の韓国がカウンターで1点獲得    
  2:00     防御側の笹本が30秒を守り抜き1点獲得 @  
    1−1。ラストポイントを取った笹本の勝ち。
2P 1:00     スタンドの1分間で両者得点なし    
  1:30 1
  防御側の笹本が30秒を守り抜き1点獲得 A  
  2:00 @ 防御側の韓国が30秒を守り抜き1点獲得  
    1−1。ラストポイントを取った韓国の勝ち。
3P 1:00       スタンドの1分間で両者得点なし      
  1:30     防御側の笹本がカウンターで2点を獲得    
  1:57   A   笹本が技術回避の警告を受け、韓国が1回    
  2:00     防御側の韓国が30秒を守り抜き1点獲得
(審判団が笹本に課せられる警告を見落とす)
    1
    2−2。ビッグポイントで笹本の勝ち。


《2度目の判定=韓国の勝ち》

 国際レスリング連盟(FILA)のマルティニティー会長の指示により。笹本の最後に警告(攻撃権がありながら30秒間でポイントを取れなかったことによる)があることになり、その段階で3度目の警告。よって韓国の勝ちへ。

《最終的なの判定=笹本の勝ち》

 笹本が攻撃権のある1P1:00〜1:30にポイントを挙げていないので「警告」、韓国が攻撃権のある3P1:00〜1:30にポイントを挙げていないので「警告」を、それぞれつける。

笹 本 韓 国
  時間 警告 攻撃権 内    容 攻撃権 警告
1P 1:00     スタンドの1分間で両者得点なし    
  1:30   @ 防御側の韓国がカウンターで1点獲得    
  2:00     防御側の笹本が30秒を守り抜き1点獲得 @  
    1−1。ラストポイントを取った笹本の勝ち。
2P 1:00     スタンドの1分間で両者得点なし    
  1:30   防御側の笹本が30秒を守り抜き1点獲得 A  
  2:00 A 防御側の韓国が30秒を守り抜き1点獲得  
    1−1。ラストポイントを取った韓国の勝ち。
3P 1:00       スタンドの1分間で両者得点なし      
  1:30     防御側の笹本がカウンターで2点を獲得 B  
    韓国が3度目の警告を受け、笹本の勝ち。

 笹本の1度目と、韓国の3度目の警告を審判団がつけなかったのは、いずれも防御側がポイントを挙げたため、30秒の攻撃権を得ながらポイントを挙げることができなかったことを見落としていたため。


 初日に行なわれた120kg級のイラン−中国でも、これに類似したケースがあり、終わってみると、あきらかな誤審で試合が決まった。

    イラン 中 国
  時間 警告 攻撃権 内    容 攻撃権 警告
    第2ピリオドを終了し1−1。警告はともに2度。
3P 1:00     スタンドの1分間で両者得点なし      
  1:30 防御側のイランがカウンターで2点を獲得  
2:00 B 防御側の中国が守り切り1点獲得
    イランが3度目の警告がを受け、中国の勝ち。


 上記の試合の場合、中国が第3ピリオドの最初の攻撃権でポイントを取っていないため、この段階で3度目の警告が課せられて負けとなるはずだった。しかしイランにポイントが入ったことにより、中国に警告を課すことなく試合続行。後半は0−0で終わったため、攻撃権のあるイランに警告を課し、これが3度目の警告となって、中国の勝ちが宣言された。

 イランは猛抗議したが、抗議の内容は「中国が先に3度目の警告を受けている」というものではなく、「2−1で勝っていて、なぜ負けになるんだ」というもの。初日の時点では、選手・コーチ・審判のいずれもが「0−0で30秒が終わったときのみ、攻撃側に警告が課せられて、相手に1点が入る」と思い込んでいた。


 審判団によって再確認されたルールは、防御側がポイントを取る、取らないにかかわらず、攻撃権のある側が30秒間を無得点に終わった場合には、「警告」が課せられる。

 このほか、足を使っての防御や、パーテールポジションからの攻防での2度のフライングも「警告」となる。笹本選手が取られたような技術回避ももちろん「警告」。これらと合わせて3度の「警告」が課せられ場合、その段階で警告失格となる。このルールをしっかりと把握しておかないと、訳の分からないうちに警告失格となってしまうだろう。

 66kg級の飯室雅規−イランでは、イランも審判もこのルールを把握しておらず、第2ピリオド終了時点でイランに3度の警告が課せられたにもかかわらず、第3ピリオドが開始されようとした。イランは第2ピリオドに足を使って防御しており、第1・2ピリオドの攻撃の各30秒でともに無得点だったため通算3度目の警告となっていた。日本コーチの猛抗議によって、ここで試合は終わったが(当然のことながら、イランは猛抗議)、日本のコーチがルールをしっかり把握していなければ、戦う必要のない第3ピリオドに突入した。

 もっとも、FILAの会長と審判団の間でも見解が違うこともあった。脚を使っての反則の場合、俵返しのポジションでのパーテールポジションで試合を再開するのか、従来のスタイルで試合再開か、スタンドで試合再開かなど、その試合によって違っており、コーチも「どれが正しいんだ」と戸惑うほど。審判や各国選手団が正しく理解できないのも、もっともかもしれない。

 今回はとりあえず、別表の通り決まったが、「世界選手権までには、また変わるよ」という声も。ルールの正しい把握とともに、細かな部分の変更にも十分に注意しておかないと、世界選手権では“ルールを知らずに負けた”というケースも出てくるだろう。

(取材・文=樋口郁夫)




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