【特集】松本慎吾が認める19歳の逸材、斎川哲克





 昨年末の天皇杯全日本選手権で5人の学生選手が優勝するなど、若い世代の台頭が目立つようになった最近の日本レスリング界。全日本王者ではないが、グレコローマン84kg級の斎川哲克(日体大2年)も台頭する若手選手の一人だ。昨夏に1年生インカレ王者に輝き、今春もユニバーシアード予選で優勝。4月23〜24日のJOC杯ジュニアオリンピックでも勝って
(写真左)世界ジュニア選手権(7月、リトアニア)の代表を決めた。

 2003年には日本選手では2人目(のべ3人目)となるアジア・カデット選手権に優勝しており、世界の舞台での実力も実証済み。同階級には日本のエース、松本慎吾(一宮運輸)がいるため、全日本王者やシニアの日本代表になるには、もう少し時間が必要かもしれないが、いま一番注目されるべき逸材と言っていい。

 その松本にも、昨年の全日本選手権決勝では「場外」を誘って第1ピリオドを先取する“殊勲”。周囲に「もしや…」と思わせた
(写真右)。練習を見ている限り松本のと地力の差は明白だが、場外に出ただけでポイントを失う新ルール下では、勝つ可能性を持つ段階まで実力をつけていることは間違いない。

 それは、新ルール下では地力が下の選手相手に負ける可能性もあることを意味する。今回のJOC杯でも、決勝の矢野将章(専大)戦で、自滅気味ではあったが投げを受けて第1ピリオドを0−3で落とした。「場外際の攻防を意識しすぎてしまった」と振り返り、この失点があったので出来は「悪かったです」と反省。今まで以上に気を抜けない新ルール下での闘いに気を引き締めた。

 父親が柔道選手で、小学校の頃は柔道に親しんでいたが、中学では柔道部がなかったので棒高跳びをやっており、栃木・足利工高に入学してからレスリングに取り組んだ。JOC杯での試合を観戦していた長島偉之・同校監督(1984年ロサンゼルス五輪銀メダリスト)は、「高校1年生の6月頃から、教えることをどんどん覚えて試合で使っていく。これは普通の選手じゃないな、と思った」と振り返る。

 フリースタイルでは中学時代からレスリングをやっていた選手に「細かな技術で負けてしまって」(長島監督)全国一には縁がなかったが、高校3年生の時に、いずれもグレコローマンでJOC杯、アジア・カデット選手権、全国高校グレコ選手権、国体と優勝を重ねた。監督がフリーの選手だったし、高校はフリーが主体なのでフリーを中心に教えていたが、3年生のJOC杯で「グレコで出たい」と希望し、その気持ちを受け入れたところ、「教えてもいない技も使ってびっくりしました」と、その天性の才能に驚かされたという。

 大学はいくつかまわったあと、憧れでもあった松本慎吾のいる日体大を選んだ。今は松本と毎日のように練習し、「遊ばれています」と笑う(写真左)。入学して1年がたち、「少しは縮まったという感じは?」の問いにも「ないです」ときっぱり。高くて厚い壁。だが、やられてもやられても逃げずに向かっていく闘志は、松本が練習相手として認めている数少ない相手とも言われている。

 逸材が同じ階級に2人いることは、ある意味ではもったいないことだ。だが、こうした厳しさを国内で経験するからこそ世界で勝てる選手が育つ。最近ではアテネ五輪の女子55kg級がそうだったし、東京五輪の時は、世界チャンピオンになれる選手が1階級に3〜4人もいて、激しい日本代表争いの末に金メダル5個につながった。日本の男子レスリングも、ようやくこうした状況が誕生するまでに力が回復しつつある。斎川には世界ジュニア選手権とユニバーシアードでの優勝が期待されるところだ。

 その斎川に国際舞台で戦う気持ちを問うと、「世界で勝つのは、まだ厳しいでしょうね」と、周囲に大きな期待が渦巻いているのを知ってか知らずか、控えめな言葉が返ってきた。はったりをかましたり、口に出すことで自らを追い込むすべは知らないのだろうが、通常体重が84kgしかなく、この体力では世界で勝つことは厳しいと見ているのも、「勝てる」と言えない要因。

 確かに今の体力では、外国選手に力負けしてしまうだろう。「筋力トレーニングで90kgくらいまでには増やしたい」と言う。逆に考えれば、今の体力で学生王者を取って松本にも善戦できるということは、84kg級にふさわしい体力をつければ、実力は今の2倍にも3倍にも伸びることを意味する。伸びしろは十分の19歳。世界へ飛躍する2005年の活躍が注目される
(写真右はJOC杯決勝)

(取材・文=樋口郁夫)



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