【特集】グレコ・チームに力強い“新戦力”誕生…男子グレコローマン66kg級・飯室雅規【2006年12月12日】







 日本代表の常連ながら、ビッグイベントでのメダル獲得がなかった男子グレコローマン66kg級の飯室雅規(自衛隊)が、3位決定戦で執念の勝利。「こうしたビッグイベントでは金メダルに匹敵すると思う」と話した銅メダルを獲得し、ようやく本当の意味で頭角を現した。

 決勝のアイベク・イェンセカノフ(カザフスタン)戦は、第1ピリオドも取られ、第2ピリオドも残り30秒のグラウンドの攻撃で1点を取らなければ負けるという状況に追い込まれた。しかし、開始直後に相手に立たれてしまい、この段階で勝利は一気に遠のいてしまった。

 それでも、敗者復活戦を勝ち上がって3位決定戦までたどりついた飯室は、あきらめなかった。“30秒の逃げ切り→1−1のラストポイントによる勝利”を狙って逃げ回る相手を執念深く追い、ラスト10秒という段階で胴タックル
(右写真)。飯室の腕が相手の脚にかかってしまって、下半身への攻撃の反則を取られてしまうか心配だったが、場外へ出てからのことと判断され、飯室に貴重な1点が入った。

 「最初リードされて焦った。でも相手がばてていたのが分かったので、粘った」。最後まで勝利への気持ちを捨てなかった闘い。第3ピリオド、相手は故意と思えるバッティングを仕掛けてくるなど、焦りが明らか。頭を押さえてマットにうずくまった飯室だが、観客席で応援していた自衛隊の和久井始コーチは「(スタミナ回復のための)演技ですよ。あれしきのことで倒れるような根性のないヤツじゃない」と、その精神力を力説した。

 結局、このバッティングで警告の1点をもらい、グラウンドでの攻撃でローリングを決めるなどスタミナにものを言わせてリードを広げ、6分間を闘い切って銅メダル。勝った瞬間、ガッツポーズをつくり、マットいっぱいに動き回って喜びを爆発させた。

 グラウンドの攻防が取り入れられたのが2005年5月。そのルールで行われたアジア選手権で銀メダルを獲得し、チームの中でこのルールに最も適したレスリングをしていたのが飯室だった。その後の2度の世界選手権では結果が出せなかったが、勝負どころの大会で結果を出した。

 これからは、チームの中核選手として、これまで以上の結果を期待されるだろう。自衛隊の宮原厚次監督(1984年ロサンゼルス五輪グレコローマン52kg級金メダリスト)が、かつて飯室を「自信を持てば、結果を出せる技量は持っている。国内でやる時のような自信を持って世界で闘えば、世界ででも勝てる」と評した。今回の銅メダルが、世界で闘ううえでの揺るぎない自信となるはず。次は世界選手権でのメダルを引き寄せてほしい。

 「まず1月の全日本選手権に勝って、来年また頑張ります。アテネ五輪は出られませんでした。その悔しさは今も消えていません。今度は絶対にオリンピックに出たい」。グレコローマン・チームに力強い戦力が誕生しそうだ。


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