【特集】無名選手が打倒笹本睦の一番手へ成長。努力ではい上がった北岡秀王【2006年11月5日】







 学生選手が世界選手権でメダルを取るなど、男子フリースタイルの若手に活気が出てきた。男子グレコローマンでも、じわりじわりと新旧交代の波が押し寄せている。

 48kg級の豊田雅俊(警視庁)には
長谷川恒平(青山学院大4年)、60kg級の笹本睦(ALSOK綜合警備保障)には北岡秀王(日体大4年=左写真、84kg級の松本慎吾(一宮運輸)には斎川哲克(日体大3年)が、それぞれ強烈な追い上げを始めた。長谷川と北岡は学生二冠と国体優勝(右下写真=兵庫国体で優勝した北岡)、斎川は国体96kg級で学生王者を破って優勝と、いずれも地力をつけている。アテネ五輪代表の3選手も、北京五輪へ向けて安閑とはしていられない状況だ。

 追う3選手の中で、異質な経歴を持つのが北岡だ。長谷川と斎川が大学入学前に数多くのタイトルを取ってきたのに対し、北岡は滋賀・日野高校時代は無冠だった。藤本英男部長は「インターハイ? ベスト8ぐらいだったんじゃないかな」と振り返るが、正確には1試合勝っただけのベスト16。斎川もこの階級に出ていた。国体では1試合勝ってのベスト8。

 身長が163cmで、階級は69kg級(当時)。北岡は当時の通常体重を「75kg」と振り返る。いわゆる肥満体型で、藤本部長、安達巧監督とも、高校の監督から引き受けてほしいと頼まれた時には即座に返事ができなかったという。入学後は、「まず減量しろ」との指導からスタートした。

 そんな選手が、3年半の時を経て“ポスト笹本”の一番手に成長するのだから、潜在能力というのは分からない。「負けず嫌いだったんですよ」。それが大学へ進んでもレスリングを続けようと決心した要因。「ひと旗上げてやろう、という気持ちだった?」との問いには吹き出してしまい、そんな大げさな気持ちではなかったようだが、「このまま終わりたくなかった」という気持ちが強かったという。

 大学では食べる量を減らしながら、自分との闘いが始まった。朝練習のランニングからして地獄の日々。それでも1年生の時の成績は、いずれも66kg級で、JOC杯ジュニアオリンピックと春の新人戦がともに3位で、全日本学生選手権はベスト8で、秋の新人戦も3位入賞だった。

 単なる肥満選手なら、ここまでの成績は残せまい。安達監督は「練習に真剣に取り組むまじめさ」を成長の要因に挙げている。北岡は「寮生活が楽しかったです。同僚といろんなおしゃべりをして息抜きができました。これがあったから、厳しい練習にも耐えられました」と言う。

 「4年=神様、3年=人間、2年=奴隷、1年=ゴミ」と言われた大学運動部の構図は、はるか昔の話。現在は、どの大学でもそんな極端な上下関係は存在しないが、まだその色が残っている大学もある。日体大は早くから理不尽な上下関係の一掃を公言し、実行してきた。雑用はあっても、下級生がマットの上で存分に力を発揮できる環境づくりを推し進めてきた成果でもあるのだろう。

 減量も順調に進んだ。2年生の春の新人戦で“適正階級”ともいえる60kg級へ出場することができ、初の優勝を経験することができた。決勝の相手は、この秋、世界選手権で銅メダルを取った高塚紀行(日大)。高塚の専門はフリースタイルであり、経験としてグレコローマンに臨んだのであるが、キッズ時代から抜群の成績を残したエリートを下した事実に違いはなかった。

 「やればできる、という気持ちになりました。この優勝の自信が大きかったですね」。その自信をもって、暮れの全日本選手権では決勝へ進出。2年生にして笹本に挑戦する立場にまで成長した。結果はクリンチからそり投げを受けてフォール負け
(左写真)。翌05年の全日本選手権でも決勝で対戦し、0−2で敗れ、まだ距離は遠い。

 それでも、今年は学生二冠と国体を制し、国際大会(アジア選手権)の舞台も経験した。「(笹本と)やってみたい。今度はいい試合ができるんじゃないかな」という手ごたえは感じている。

 「笹本先輩に負けたくない、という気持ちで練習しています」。ちょっぴり控えめながらも、こうした言葉が出てくるのだから、かなり自信をつけているようだ。卒業後はクリナップへ進む方向で話が進んでおり、レスリングに専念できる環境を得られそう。好材料だ。

 日体大には、片山貴光(96年アトランタ・00年シドニー両五輪代表)、永田克彦(00年シドニー五輪銀メダル)という高校時代にはインターハイも国体も出場できず、そこからはい上がった先輩がいる。インターハイと国体で1勝ずつをマークしている北岡は、彼らより上からのスタートになる。努力で片山と永田に負けなければ、絶対にオリンピックのマットを踏めるはずだ。

 それが北京五輪なのか、ロンドン五輪なのか。これから1年間の努力次第では、前者も決して不可能ではあるまい。


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