【特集】3年ぶりの優勝も、涙は北京五輪までお預け…女子48kg級・伊調千春【2006年9月29日】







 完全アウェイでの戦いだった。女子48kg級の決勝戦、昨年の覇者、任雪層(中国)が大会連覇をかけてマットに上がると、割れんばかりの中国コールで会場は埋め尽くされた。続いて伊調千春(ALSOK綜合警備保障)がコールされ、会場にかけつけた応援団が必死に声援を送るが、任への声援にかき消されてしまうほどだった。

 しかし、そんなことで動じる千春ではい。「中国選手への声援がすごいのは予想していました」と、冷静さを欠くことなく1ピリオドでフォール勝ちを収め
(右写真)、2大会ぶり2度目の優勝。また、63kg級代表で妹の馨との姉妹優勝に王手をかけた。

 アテネ五輪以来2年ぶりの世界最高レベルのマットで、1回戦は少し緊張していたが、試合を重ねるごとに集中力は増していった。3回戦では5月に名古屋で行われた女子ワールドカップで接戦を繰り広げたカナダのキャロル・ヒュンに僅差なららもストレートで勝って(1−0、1−0)勝ち上がった。「48kg級のレベルは上がっている」と、世界で勝つことが年々難しくなっていることを再確認した。

 だが、「ひやり」とした部分もあった。フランチーネ・デパオラ(フランス)との準決勝では、完ぺきなタイミングで両足タックルで場外へたたきつけるが、勢いあまって自分も1回転。レフェリーは千春に3点を宣告するも、ジャッジとマットチェアマンは、伊調のタックルを返したデパオラの攻撃を有効とした。

 納得のいかない判定。だが千春は、今回は中国での開催だけに「審判も含めて全部敵だと思ったから」と、微妙な判定も冷静に受け止めた。ただ、リードされたことは事実、「ここで負けるために中国に来たわけではない」と、この判定で逆に闘争心に火がつき、第2ピリオドの1分31秒で逆転フォールを決めた。

 2003年に51kg級で世界選手権初優勝を飾るも、翌年のアテネ五輪(48kg級)では銀メダルに終わった。05年の世界選手権は、国内選考で敗れて世界のマットに立てなかった。「去年悔しい思いをした」と雪辱に燃える千春は、アウェイの空気にまったく臆せず、決勝のマットに立った。

 決勝の立ち上がりは「最初は様子を見ろ」という栄和人監督の言葉どおりに相手の動きを観察した。さらに「中国選手は大技にくるけど、焦るな」との馨のアドバイスが功を奏したのか、任雪層の投げ技を難なくカット。そして第1ピリオド残り30秒、再び任が飛行機投げの大技にきたところを押さえ込んでフォール勝ち。レフェリーがマットをたたいて伊調の勝利を宣告すると、「やったぁー!」とセコンドの栄監督に駆け寄り
(左写真)抱きついて喜びを分かち合った。

 妹・馨と姉妹優勝を果たしてから3年間。アテネ五輪や昨年の世界選手権は「最強姉妹」というキャッチでメディアから注目を浴びていたが、千春が優勝しないために姉妹優勝の快挙は達成できなかった。「姉妹で金を取らないと意味がない。妹のためにも金メダルが取れてよかった」と、2日後に出場する馨へ望みをつなげたことで、ホッとした表情でいっぱいだった。

 すでに北京五輪を見据えている千春は、今大会も5kgの減量に耐えて48kg級に出場。「51kg級で優勝したのとは全然違います」と五輪実施階級ので優勝を心から喜んだ。しかし「今大会は北京五輪の通過点だと思っているので」と涙はなし。 

 「千春、涙の金メダル」という見出しは2年後の北京五輪までお預けとなりそうだ。

(取材・文=増渕由気子、撮影=矢吹建夫)


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