【特集】目標は初戦突破も、3回戦進出の大活躍…男子フリースタイル84kg級・松本真也【2006年9月28日】






 大会3日目に男子フリースタイル60kg級の高塚紀行(日大3年)が初出場ながら3位に食い込み銅メダルを獲得。2003年男子フリースタイル66kg級の池松和彦(当時日体大助手)以来、2年ぶりに日本にメダルをもたらした。

 高塚の快挙を素直に喜びながら、一方でとてつもないプレッシャーに襲われている選手がいた。「かなりのノミ心で臆病者」と自称する男子フリースタイル84kg級の松本真也(日大4年)だ。高塚とは同じ日大の学生で、世界選手権はともに初出場。しかし学年は高塚より1学年先輩。「励みにはなったけど、すごいプレッシャーになりましたね」。初出場として気負わずに臨んだ大会が、高塚の活躍で先輩として下手な試合は許されない状況になってしまった。

 大事な1回戦。開始直後、片足タックルからハイクラッチタックルでビッグポイントの3点を奪取
(左写真)。「あれが決まって体がほぐれた」話し、といろいろなプレッシャーから開放された松本は伸び伸びと試合を展開。果敢にタックルを繰り返してストレート勝ちを収めた。初の世界選手権では精神的にのまれてしまう場合も多いが、松本はその壁を乗り越えた。しかし松本に今度は肉体的な試練が訪れる。第1試合の終盤、右足を痛めてしまったのだ。

 「もっと楽に勝てる相手だったが、足が動かなくなってしまった」と2回戦目は苦戦。第1ピリオドはクリンチ勝負に勝って先制したが、第2ピリオドはその右足が悲鳴をあげる。かまわず松本は攻め続けるが、右足が踏ん張りがきかず、カウンター攻撃のビッグポイントで1−4と大量リードを許してしまう。しかし、松本の気持ちは切れなかった。「がんがん前に出る」という自分のスタイルを崩さず、2点を奪って5−4。残り3秒で逆転勝ちした高塚の準々決勝を彷彿(ほうふつ)させる逆転劇で勝ち進んだ。

 迎えた3回戦。1、2回戦でうまく決まったタックルの距離があと手ひとつ分足りない。「悪いときの自分は相手の周りをグルグルするだけになってしまう」と突進力を欠く攻撃に。加えて右足を痛めていたためタックルのバリエーションも限られ、相手攻撃を読まれて完敗
(下写真)。松本の初の世界選手権は幕を閉じた。

 初めての世界選手権で白星を2つあげることができた松本だが、6月の代表入りから順調だったとはいえない。世界大会の1か月前、松本は全日本学生選手権で、国内最大のライバルの磯川孝生(拓大)にストレートで敗れている。「学生選手権は、モチベーションが乗らなかった」。その理由は、伝統校・日大のキャプテンという立場。個人的に世界選手権へ集中したいが、8月には全日本学生選手権、9月中旬には全日本学生王座決定戦と、大会は1ヶ月単位でやってきた。

 部の主将としてチームを統率、指導することは松本にとって重要な役目。「全日本の合宿に、インカレ、王座、そして世界選手権で、いっぱいいっぱいでした」と首が回らない状況に陥ったそうだ。フリー王座が終わって部員とMTGを重ね、約2週間で世界選手権へのモチベーションを高めたそうだ。「実は1回戦突破が目標でした。でも世界の選手も同じ人間だったし、パワーでも押し負けることはなかった」と、不安と期待でいっぱいだった世界選手権の自己採点は40点。収穫が多い大会となった。

 松本真也―。おなじみに聞こえてしまうこの名前、日本レスリングの顔、グレコローマン84kg級の松本慎吾(一宮運輸)と一字違いだ。「レスリング界で松本って言ったら、松本真也と思われるようになりたい。今回成績も同じだったし、少しだけ肩を並べることができたかな」と笑顔でコメントした松本。北京五輪にむけて、ダブル松本が日本重量級を熱くさせる!

(取材・文=増渕由気子、撮影=矢吹建夫)


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