【特集】世界選手権へかける(8)…女子59kg級・正田絢子【2006年9月8日】






 世界の最高峰に君臨する世界チャンピオンは、世界中の選手から狙われる立場であり、自らが敵のもとへ駆けつけ挑む立場にはない。しかし、心の中で、「まだそんな“横綱相撲”をする段階ではない」という思いがあれば、試練を求めて積極的にチャレンジを続ける。

 昨年の世界選手権で日本は4階級を制覇し、世界の女子レスリング界に強さを見せつけた。その4人の中で、試練を求め続けて今年の世界選手権に挑むのが59kg級の正田絢子(ジャパンビバレッジ=
左写真)だ。

 坂本日登美(51kg級)、吉田沙保里(55kg級)、伊調馨(63kg級)が日本で開催された5月のワールドカップ以外、世界での敵を求めなかったのに対し、正田は4月にアジア選手権(カザフスタン)63kg級へ出場し、6月にもゴールデン・グランプリ決勝大会(アゼルバイジャン)へ出場。世界一に返り咲く前のけがによるブランクを取り戻そうとするかのように、世界中に敵を求めた。

 北京五輪は59kg級が実施されないため、今年の世界選手権のあとには63kg級へ挙げて伊調馨へ挑戦する。そのための基盤づくりも兼ねての挑戦か? 63kg級でアジア選手権に出場したあたりに、そんな意図も感じさせる。正田は「いまは2連覇のことしか考えていません」と、目の前の壁に全力投球していることを強調するが、そうであっても、その積み重ねが、来るべき勝負の時の心強いパワーになってくれるのは言うまでもない。

 「ゴールデン・グランプリは賞金大会だったので、どの選手も必死でした。知らない選手との闘いもあった。そんな状況の中での闘いは貴重な経験でした」。しかし、100%の満足だったかというと、そうではない。目標だった失点0は決勝で達成できなかったからだ。2kgオーバーで計量する大会であり、もともと63kg級の選手だった正田にとっては、最後の2kgの減量を成功するか失敗するかで勝敗にも影響しかねない。優勝という結果だけでは満足できないのも、もっともだろう。しかし、その気持ちは世界選手権へ向けての新たなパワーでもある。

 世界の女子レスリング界は、日本の選手に対し、ある種の恐怖感を持っている。日本のナンバー2であろうがナンバー3であろうが、いや初心者であっても、日の丸の入ったユニホームさえ着ていれば勝手に恐れてくれ、腰が引けてくれるという状況だ。その有利さを使わない手はない。

 正田は「私はどちらかというとカウンタータイプ。でも、せっかく『日本は攻めてくる』というイメージを持ってくれるのですから、攻めてポイントを取れるようにしたいです」と、この夏は攻撃レスリングへの変貌を目標に取り組んだという。パワーを生かした闘いや、片足タックルの完全マスターがテーマだった
(上写真=合宿で練習する正田)

 ジャパンビバレッジの所属だが、住んでいるところは京都の網野。指導はジャパンビバレッジの金浜良コーチが週1回来てくれるほかは、高校時代の恩師の吉岡治監督が引き続き請け負っている。金浜コーチは「受けて立つプレッシャーも感じていない。確実にポイントを取る闘いができつつある」と評価する一方、「世界ジュニア選手権で西牧未央(63kg級で前年もチャンピオン)がピリオドを取られるなど、世界の日本対策は進んでいる。油断してはならない」と気を引き締めさせ、吉岡監督も「周囲は、世界にさえ出られれば絶対に優勝できると思っているみたいだけど、そんなことはない」と油断禁物を強調する。

 もともとはグラウンドの強い選手で、スタンド中心のルールに変わった不利を、昨年は飛行機投げという必殺技で補い、敵を蹴散らしてきた。「あのあと、研究されているので、今年はそう簡単にかからないでしょう」と吉岡監督。「グラウンドへ持ち込む技術をもうひとつ」と指導を続けている。

 昨年の大会には吉岡監督が駆けつけてくれ、観客席から試合を見守った
(左写真の右端)。観客席からの声は、歓声にかき消されてしまって本人の耳に届かないことが多いが、ジャパンビバレッジのチームメートの浜口京子選手の母・初枝さんが、吉岡監督の指示を“中継”してくれた大きな声は、正田の耳にしっかりと聞こえていたという。

 今年は国体の関係で吉岡監督の姿は広州にはない。しかし、世界一に返り咲き、その後も勝ち続け、国内の試練も勝ち抜いた正田にとって、恩師の力は必ずしも必要ではないだろう。“闘う世界チャンピオン”の一本立ちしての世界V3挑戦は、一段上へ進むための試練でもある。


 ◎正田絢子の最近の国際大会成績

 
【2005年9月:世界選手権(ハンガリー)】=59kg級

1回戦  ○[2−0(3-0,2-1)] Alkar Tomar Sh. N. Singh(インド)
2回戦  ○[フォール1P1:54(F1:54=4-0)] Yuliya Ratkevich(ベラルーシ)
3回戦  ○[2−0(1-0,1-0)] Lene Aanes(ノルウェー)
準決勝 ○[フォール1P0:36(F0:36=4-0)] Ida-Theres Karlsson(スウェーデン)
決  勝 ○[2−0(4-0、TF6-0=1:21)] Marian Sastin(ハンガリー)

 
【2006年4月:アジア選手権(カザフスタン)】=63kg級

1回戦  ○[フォール1P1:34(F3-0)] Gao Pei(中国)
準決勝 ○[2−0(2-0,3-0)] Odonchimeg(モンゴル)
決  勝 ○[フォール2P1:52(2-0,?)] Shalygina Elena(カザフスタン)

 
【2006年6月:ゴールデン・グランプリ決勝大会(アゼルバイジャン)】=59kg級

1回戦  ○[判定、2−0] Anne Christensen(デンマーク)
準決勝 ○[フォール] Natalia ivanova(ロシア)
決  勝 ○[判定、2−0] Therese Ida-Karlsson(スウェーデン)



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