【特集】世界選手権へかける(3)…女子51kg級・坂本日登美【2006年7月29日】






 国内に敵のいない強豪が、全日本選手権や世界選手権の国内予選を「通過点です」というケースはよくある。しかし、世界選手権を「通過点」と事もなげに言い切ることができる選手は、これまでにも、そしてこれからも、そう多くはいないだろう。それを言ってのけたのが、今年の世界選手権(9月25日〜10月1日、中国・広州)女子51kg級で2年連続4度目の世界一を目指す坂本日登美(自衛隊)だ。

 「気持ちは、55kg級で出る半年後の全日本選手権に向いています」。その全日本選手権は、最終目標ではなく新たな闘いのスタートであり、最後の目標点は北京オリンピック。同オリンピックでは51kg級が実施されないため、五輪前年の来年からは55kg級に挑む。今年の世界選手権は、51kg級で確固たる実績を残し、新たな飛躍のエネルギーをたくわえるための大会でしかない。

 「過信したら足元をすくわれます」と慎重に言葉は選んでいるものの、その表情は自信がたっぷり。「(世界選手権が)早く終わってほしいという気持ち?」の問いに、にっこりうなずき、「注意するのは体重調整です。55kg級の体にしたいけど、増やしすぎると減量がきつくなる」と言う。世界選手権へ向けて、しいて課題を挙げるなら、この点だ。

 世界で敵がいないのは確かだ。今年の欧州チャンピオンのバネッサ・ブブライム(フランス)は昨年の世界選手権決勝でフォールした相手。米国代表でアテネ五輪48kg級銅メダリストのパトリシア・ミランダ(米国)には今年5月のワールドカップで1ポイントもやらずに快勝している。

 中国代表が誰になるか不明だが、今年のアジア・チャンピオンの文菊怜(ウェン・ユリン)なら、昨年の世界選手権で2−0(2-0,2-1)で勝っている相手。過去の対戦成績といったデータ面だけではなく、パーフェクトとも言える坂本の技量が、他国選手を体ひとつ以上引き離しているのは明白。

 今年に入ってからの各種国際大会の成績を見ても、坂本がよもや負ける相手は見当たらないのが現状だ。

大会名(開催国) 優  勝 準 優 勝
1月 ヤリギン国際大会(ロシア) Natalia Smirnova(ロシア) Jenny Wong(米国)
2月 ショーブ国際大会(フランス) Oleksandr Kouht(ウクライナ) Alexandra Engelhardt(ドイツ)
3月 クリッパン国際大会(スウェーデン) Jenny Wong(米国) Boubryemm Vanessa(フランス)
3月 メドベジ国際大会(ベラルーシ) Patricia Miranda(米国) Alena Kareisha(ベラルーシ)
4月 アジア選手権(カザフスタン) Wen Juling(中国) 甲斐 友梨(日本)
4月 欧州選手権(ロシア) Boubryemm Vanessa(フランス) Alexandra Engelhardt(ドイツ)
5月 パンアメリカン選手権(ブラジル) Lyndsay Belisle(カナダ) Jenny Wong(米国)
6月 オーストリア・オープン Boubryemm Vanessa(フランス) Markevich Maryna(ベラルーシ)
6月 ゴールデンGP決勝(アゼルバイジャン) Willocq Juliette(フランス) 甲斐 友梨(日本)
7月 欧州ジュニア選手権(ハンガリー) Oleksandra Kohut(ウクライナ) Ekaterina Krasnova(ロシア)
7月 カナダ・カップ Patricia Miranda(米国) Li Hui(中国)

 「優勝の確率は100%」と書くのは、何が起きるか分からない勝負の世界に挑む選手に対して失礼なことかもしれないが、世界選手権での優勝を当然と考え、「通過点」というのも、極めてもっともなのが坂本の51kg級での実力。気持ちが55kg級へ向くのも当然のことだろう。

 全日本チームの合宿でスパーリングが始まると同時に、55kg級世界チャンピオンの吉田沙保里(ALSOK綜合警備保障)に挑むもの
(左写真)、7月初めの全日本社会人選手権に55kg級に出場したのも、すべては55kg級での闘いに備えてのもの。社会人選手権の優勝は、11月のクランスマン国際大会(カナダ)の出場権の獲得につながり、吉田との闘いの前に外国で55kg級の本格的な闘いを体験しておくためだ。

 その吉田とのスパーリングは「去年の今頃は立っていられなくなるほどの差があり、壊されるかと思った。でも、今は壊されるとは思わなくなった。この1年間で差は縮まっていると思います」と言う。その成長ぶりは、そのまま51kg級でダントツの実力がついたことを意味するのは言うまでもない。

 9月30日、広州市軍区体育館で坂本が世界一に輝く姿をかなりの確率で目にすることができるだろう。それは世界選手権無敗の4度目の優勝であり、国際大会で50連勝を超える快記録になる(現在46連勝)。だが、その時の坂本の顔には、喜びの表情や達成感は微塵もないだろう。あるのは、過酷な闘いのスタートを迎えるチャレンジャーの厳しい顔だ。


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