【特集】世界選手権へかける(2)…女子72kg級・浜口京子【2006年7月25日】






 何度目の“挑戦”だろうか。世界一の回数では歴代5位であり現役1位の女子72kg級、浜口京子(ジャパンビバレッジ)は、ことしの世界選手権(9月25日〜10月1日、中国・広州)も“チャレンジャー”として挑むことになった。初めて世界一へ駆け上がる97年まではもちろん、01年世界選手権と02年世界選手権、そして昨年の世界選手権。それ以外にも、04年アテネ五輪も前年のワールドカップで苦杯を喫した後の“挑戦”だった。

 昨年の世界選手権では、決勝でアイリス・スミス(米国)に苦杯。そのスミスは今年の世界選手権は不出場で、米国からは浜口にとって相性のいいクリスティ・マラノが出場してくる。しかし、5月のワールドカップ(名古屋)で負けたオヘネワ・アクフォ(カナダ=
右写真)の壁ができた。ほかに、アテネ五輪の金メダリスト、王旭(中国)の復活出場も予想される。取り巻く環境は厳しい。

 「チャンピオンになることより、チャンピオンを守ることの方が難しい」と言われる勝負の世界。だが、チャンピオンだった選手が転落し、そこからはい上がることも、チャンピオンを守ること匹敵するほど難しいことだ。「1度は世界チャンピオンだったのだから…」という気持ちが厳しい練習を回避する理由づけとなり、自分自身をとことんまで追い込めなくなるからだ。

 もっとも、今の浜口には、これまでの世界V5で満足する気持ちは全くない。7月中旬に新潟・十日町で行われた全日本合宿で自ら掲げたテーマは「自分を極限まで追い詰めること」。世界一へ上り詰めるまでに行ったようなハードトレーニングに挑み、世界一復帰の壁に挑戦している。その言葉通り、補強トレーニングでも一切手抜きはせず、坂道のインターバルでは吐いてしまったという。

 「選手生活で2度目です」という“ヘド吐き”の経験。「貧血状態になって、酸欠状態にもなりました」というおまけもついた。猛練習で自信をつけ、実力をつけてきた浜口にとって、年齢を理由に練習で手を抜くことはできない。「吐きながらでも最後までやりました。それが新たな自信になりました」。

 10年前、世界一を目指し、何かに取りつかれたように、ひたすら厳しい練習に立ち向かっていた時と同じ気持ちだった。レスリングをやり始めた頃からやってきた猛練習。世界を5度制し、28歳の実績十分な選手が、ここまでやる必要があるのかとも思えるが、頂点へ向かってはい上がろうとする浜口には、絶対に必要なことなのだろう。

 合宿を公開練習で訪れていたある記者が、吉田沙保里(ALSOK綜合警備保障)ら世界チャンピオンといえども何ら特別待遇なしの激しい練習に、「思わず涙が出ましたよ」と口にした。女子レスリングの“虎の穴”では、それほど激しい練習が繰り広げられている。世界V5の選手といえどもその練習に耐え、ハードに打ち込む姿を、こみあげてくるものなしに見ることはできない。

 初心へ戻った浜口に、もうひとつ、“あの時”へ戻れることができた材料がある。所属のジャパンビバレッジが、北京オリンピックへ向けてこれまで以上にレスリングに力を入れることになり、84年ロサンゼルス五輪銀メダル&92年バルセロナ五輪銅メダルの赤石光生コーチが全日本合宿、さらには浜口ジムへも指導に来てくれ、指導できる体制になったことだ。

 意外に思う人もいるかもしれないが、浜口が1997年に初めて世界一に輝いた時、セコンドについていたのが、父のアニマル浜口さんと赤石コーチだった。赤石コーチの的確な指示は、3度目の世界選手権出場でキャリア不足は否めなかった浜口を力強く後押しした。

 ほぼ同じ体格なので、練習相手にぴったり。前回がそうだったように、今回も「私のいいところを、必ず引き出してくれると思っています」と信頼を寄せている。アクフォ戦の黒星の分析と対策も、これから世界選手権までの間に十分にやる予定だ(下写真=浜口を指導する赤石コーチ)

 スミスに敗れ、アクフォにつまずいたあとの、かつてない試練となる今年の世界選手権だが、浜口の口からは「精神的にひと回りもふた回りも強くなっているような気がします。自信を持って(世界選手権の)マットに上がれそうな気がするんです」と頼もしい言葉が出てきた。その思いの根拠を聞くと、「環境です。家族の支えも、会社の支えもありますから」と答えたが、その他に、あらゆるスポーツ選手の自信の源である「猛練習」があるのは間違いないだろう。

 日本レスリング界の顔に君臨しているスターは、今、かつてないハードな練習に挑んでいる。その練習の量と質は、絶対にアクフォや王旭に引けをとらないはず。そんな厳しい練習をこなして世界選手権に臨む選手が、負けるはずはない。

 日本で唯一五輪V2を達成している小幡(旧姓上武)洋次郎さんは「科学や合理性では世界一になれません。世界一への道は猛練習だけです」と話した(クリック)。10月1日の世界選手権最終日、その事実を、私たちにあらためて教えてほしい。


 ◎浜口京子の最近の国際大会

 【2005年10月:世界選手権(ハンガリー)】

1回戦  ○[2−0(2-0,2-0)] Rosangela Conseica(ブラジル)
2回戦  ○[フォール1P0:44(F0:44=3-0)] Olga Zhanibekova(カザフスタン)
3回戦  ○[2−0(TF9-0=1:08、1-0)] Wang Jiao(中国)
準決勝 ○[2−0(4-0,1-0)] Svitlana Saienko(ウクライナ)
決  勝 ●[1−2(1-3,@Last-1,0-1)] Iris Smith(米国)

 【2006年4月:アジア選手権(カザフスタン)】

1回戦  ○[フォール1P0:31(F5-0)] Imanalieva Asel(キルギスタン)
準決勝 ○[2−0(3-0,3-0)] Qin Xiaoqing(中国)
決  勝 ○[フォール1P0:53(3-0)] Burmaa Ocnirbat(モンゴル)

 【2006年5月:ワールドカップ(名古屋)】

予選1回戦 ○[2−0(1-0,4-0)] Kristie Marano(米国)
予選2回戦  BYE
予選3回戦 ○[2−0(2-0、ALast-2)] Svitlana Sayinko(ウクライナ)
決    勝 ●[0−2(0-1,2-1)] Ohenewa Akuffo(カナダ)



《前ページへ戻る》