【特集】世界選手権へかける(1)…男子グレコローマン84kg級・松本慎吾2006年7月18日】






 6月19・20日に東京・国立スポーツ科学センターで行われたレスリングと柔道の合同練習。練習を報道陣に公開した20日は、レスリング側が柔道を学ぶ日。報道陣の期待はグレコローマン84kg級の松本慎吾(一宮運輸)が井上康生選手(シドニー五輪王者)や鈴木桂治選手(アテネ五輪王者)と壮絶な“柔道ジャケットマッチ”を展開してくれることだった。

 しかし、松本はインターハイ柔道の決勝で顔を合わせた斎藤剛選手と昔話に花が咲き、なかなかエンジンをかけてくれない。「松本、何やってんの? 井上へ向かっていってほしいいなあ」。臨時記者席からは誰ともなくなく、こんな声が何度か上がった。しかし、斎藤選手との乱取り(スパーリング)はあったものの、2人の五輪王者との対戦はなく、報道陣はやや肩すかしとなった。

 練習後、「(井上らと)やろうと思ったら、もう練習時間が終わってしまったんですよ」と苦笑いした松本。負けず嫌いの選手だけに、たとえ柔道マッチといえども負けたくなく、体重の重い強豪とは闘いたくなかったからではないかとも思われるが、報道陣の期待が松本に集まり、その一挙手一投足に関心が注がれていたことは間違いない。それは、彼が日本レスリング界のエースであるからほかならない
(左写真=報道陣のリクエストに応え、練習後にポーズをとる松本の井上康生選手)

 昨年から日体大の大学院へ通っており、授業の関係で全日本合宿に参加しない日もあるが、そんな時の練習風景は、どこともなしに寂しさを感じる。いまや全日本チームに欠かせない存在感十分のエース、それが松本だ。今年の世界選手権(9月25日〜10月1日、中国・広州)ではメダルを手にし、貫禄に実績を加えて北京オリンピックへ向かわねばなるまい。

 そんな松本は今月23日、新たな飛躍を求めて、ハンガリーへ単身向かうことが決まった。全ハンガリー・チームへの練習参加。ハンガリーは昨年の世界選手権で「銀2・銅2」を獲得して団体優勝を飾った国。松本の階級の84kg級はサンドール・バルドシが3位に入っており、96kg級と120kg級はいずれも銀メダル。「上の階級にも強い選手がいる」と、練習相手に不足はない環境で実力養成をはかる。

 ハンガリーのレスリングの印象は「ルールに適した闘い方をする」だ。肉体の地の強さで勝つというより、ルールの中で勝つうまさがあるそうで、例えばグラウンドの攻撃の際にフライングとも言えるタイミングでリフトを仕掛けてくる。言い方を変えれば「せこい」と感じるそうだが、それも強さのひとつ。「強い選手の中に入って練習することに意義がある。ケガで練習できなくなったら意味がなくなるので、気が抜いた練習はできない」と、約2週間の修業を迎える。

 そのあとは全日本チームと合流し、トルコで全トルコ・チームと練習する。トルコといえば、松本が目標としたアトランタ・シドニー両五輪王者のハムザ・イェルリカヤがいる国。昨年の世界選手権では、84kg級でナズミ・アブルカが3位に入賞し、96kg級でイェルリカヤが金メダル。120kg級でも銅メダルを取っている。「どちらかというと、トルコの方が楽しみ。トルコは俵返しがうまい国。どんな練習をしているかを含め、期待することが多いです」と言う。

 イェルリカヤはアテネ五輪後に1階級アップし、昨年は96kg級で欧州と世界の王者に輝くなど、依然として強さを持っている。階級が別になったからこそ、スパーリングする機会があれば手の内を隠すことなく思い切ってぶつかっていける。松本にとって、この夏は大きな実力養成が期待できそうな1か月間だ(左写真=菅平合宿で補強練習に励む松本)

 技術的には、グラウンドの攻撃では俵返しに専念することを決めたという。「組み手を変えてローリングなどに持っていければ、確かに攻撃の幅は広がる。しかし、30秒の間に組み手を変えて攻撃をするのは厳しいし、これまでの試合を分析してみると、ポイントを取れていない。俵返しの組み手による攻撃に専念した方がいいことが分かった」。伊藤広道コーチ(自衛隊)、嘉戸洋コーチ(日本協会専任コーチ)と十分に話し合って決めた戦略だ。

 02年10月のアジア大会(韓国・釜山)で、日本男子で唯一金メダルを取り
(右写真)、アテネ五輪へ向けて先の見えない不振にあえいでいた日本チームに光明を与えてくれたのが松本だった。03年世界選手権で池松和彦(フリー66kg級)が、04年アテネ五輪で田南部力(フリー55kg級)と井上謙二(同60kg級)がそれぞれ銅メダルを取って“レスリング王国復活か”と脚光を浴びたが、それらの原動力が、アジア大会での松本の金メダルだったことは言うまでもない。

 あれから4年、日本は昨年の世界選手権でメダルがなく、新たなトンネルに入ろうかとしている。今、松本が再び立ち上がらねばならない時だ。下降しそうな流れを止めてくれるばかりではなく、男子グレコローマンでは11年ぶりのメダル獲得、そして23年ぶりの金メダル獲得の実現を、日本レスリング関係者の誰もが待っている。

 多くの期待を背負った日本のエースは、間もなく最初の修業の地、ハンガリーへ旅立つ。


 ◎松本慎吾の最近の国際大会

 
【2005年10月:世界選手権(ハンガリー)】

1回戦  BYE
2回戦 ○[警告3P2:00(3-2,1-@Last,disq2:00=1-0)] Ghasem Rezaei(イラン)
3回戦 ○[フォール3P1:38(1-@Last,@Last-1,F5-1=1:38)] Badri Khasaia(グルジア)
4回戦 ●[1−2(TF1:05=5-0,1-@Last,0-4)] Oleksandr Daragan(ウクライナ)

 【2006年3月:ポーランド・オープン(ポーランド)】

予備戦 ○[2−1(3-BLast,2-1,3-0)] Zoltan Todor(ハンガリー)
1回戦  ○[2−0(@Last-1,4-2)] Cenk Iiden(トルコ)
2回戦  ○[2−0(4-0,3-0)] Dmytro Geppa(ウクライナ)
準決勝 ○[2−1(0-3,3-0,@Last-1)] Brad Vering(米国)
決  勝 ○[2−1(3-BLast,5-0,5-0)] Adomaitis Laimuitis(リトアニア)

 【2006年3月:ニコラペトロフ国際大会(ブルガリア)】

予備戦 ●[0−2(TF0-6,0-2)] Nouvnonvi Melonin(フランス)




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