【特集】18年ぶりの快挙はならなかったが…。 レスリング界に“タックル王子”誕生【2007年12月26日】








 レスリング界に“タックル王子”が誕生した。天皇杯全日本選手権の男子フリースタイル74s級で初出場の高谷惣亮(たかたに・そうすけ=京都・網野高、左写真)が準優勝と番狂わせを演じた。

 3回戦(2試合目)で国体王者の高橋龍太(自衛隊)、準決勝で国体3位の長島正彦(おおたスポーツ)ら実績のある選手を破って決勝に進出。前年王者の長島和幸(クリナップ)相手の決勝戦でも一歩も引かぬ健闘を見せ、ピリオドスコア1−1のあとの第3ピリオドは0−0でクリンチ勝負に持ち込んだ。

 レフェリーが投げたコインは高谷に優位な「赤」を示し、1989年の石島勇次(フリースタイル52kg級=茨城・霞ケ浦高)以来18年ぶりの男子の高校生王者誕生の快挙を会場全体が固唾(かたず)を飲んで見守った。

 結局、テークダウンできないまま場外に出され、長島の意地に屈したが
(右写真)、高校生ながら善戦した高谷に惜しみない拍手が送られた。今大会は北京五輪の日本代表選考会を兼ねており、2位の成績はナショナルチーム入りを意味する。北京五輪出場の望みが見えてきた。

■スポーツ紙を飾った“タックル王子”の見出しに「恥ずかしいですね」

 高谷は今年の高校三冠王者の実力者で、「外国人選手は苦手」と語るが、今年の世界ジュニア選手権は5位に入賞した。スーパー高校生の誕生に、一部のスポーツ紙は翌日、五輪出場を正式に決めた伊調姉妹らを差し置いて、高谷の写真を掲載。その理由は実力もさながら、そのレスラーらしからぬルックスにあった。長髪に端正なマスク。早大野球部の“ハンカチ王子”斎藤佑樹、ゴルフの石川遼の“ハニカミ王子”にならって、なんと見出しは“タックル王子”だった。

 網野高校は、高校レスリングきっての強豪校。アテネ五輪女子48kg級銀メダルの伊調千春や59kg級世界V2(通算V3)の正田絢子、アテネ五輪男子フリースタイル60kg級銅メダルの井上謙二らを輩出し、高校のタイトルを総なめにした男子フリースタイル84kg級の松本真也も網野高の卒業生だ。もちろん、上下関係や規則は厳しい。その中で長髪を貫いていることで「いろいろ言われることはある」と本人も苦笑い
(左写真=高校レスリング選手らしからぬ長髪で日本一へ挑んだ高谷)

 しかし、その雑音は、結果を出すことで封じこめているそうだ。おかげで「レスリングをやっている、とはまったく言われない」という。“タックル王子”の文字が躍る紙面を見て、「恥ずかしいですね」と高谷は苦笑したが、それなりにルックスにはかなりこだわっているようだ。

 また、注目はルックスだけではない。「普段から74、75s程度です」と減量知らず。まだ細身だが、それで強豪たちを苦しめるパワーはどこまで伸びるか。決勝まで落ちないスタミナに加えて、「自分はバランスがいいので」とタックルで高々と持ち上げられても、しのいでしまう先天的なバランス感覚を持っていることが注目どころだ。

■一夜明け、「悔しさが強くなってきました」

 一時期空手をやっていたが、兄弟の影響でレスリングに転向。野球やサッカーなどにも興味はあったが、レスリングを選んだのは、「勝つと気持ちがいいから」。優勝するたびにいろいろな人に声をかけてもらえるのがうれしくてのめりこんでいった。小学校6年から始めて、2012年ロンドン五輪を目指していたが、今回のアップセットでその計画が4年も前倒しになった。

 大会後の理事会では、北京五輪の第2次予選となる3月のアジア選手権(韓国・済州島)へはこの大会の1、2位の選手を競らせて代表を決めることを決めた。優勝した長島は26歳のベテランだが、シニアの国際大会で豊富な実績があるとは言えない。富山英明強化委員長は、「全日本選手権の1、2位を競らせて、勝てる選手を送り込む」ときっぱり言い切った。伸びしろが未知数の高谷にもアジア選手権への道は残されている
(右写真=富山強化委員長が舌を巻いた高谷のタックル)

 「1回戦勝てれば」という気持ちで臨んだ初出場の天皇杯。準優勝の直後は「うれしさ」のほうが勝っていたが、一夜明けた高谷は「悔しさが強くなってきた。北京五輪を目指す気持ちになってきました」と、どん欲に上を狙う姿勢がうかがえた。

 今大会は、男子グレコローマン55s級で社会人1年目の長谷川恒平(福一漁業)が同級の双璧(豊田雅俊、平井進悟)を破って初優勝。同60s級では学生王者の松本隆太郎(日体大)が世界2位の笹本睦(ALSOK綜合警備保障)と大接戦を演じるなど、世代交代の波は押し寄せている。その頂たるものが、小幡邦彦(ALSOK綜合警備保障)が抜けたことで本命不在となったフリースタイル74s級だった。

 新しい世代へ向け、“タックル王子”の高谷はレスリング界を変える選手となるのか。アテネ五輪直前からレスリングは女子の時代が続いていたが、今回は男子が注目度で女子超えを果たすことができるだろうか。



《iモード=前ページへ戻る》

《前ページへ戻る》