【特集】姉妹での五輪金メダルに一歩前進…女子48kg級・伊調千春(ALSOK綜合警備保障)【2007年9月21日】







 今大会で初となる「君が代」が広い会場中に響きわたった。その音に涙を流し、日の丸を見つめていたのは女子フリースタイル48kg級の伊調千春(ALSOK綜合警備保障=
右写真)。準々決勝で開催国アゼルバイジャンのマリア・スタドニクに予想外に苦戦を強いられた。しかし続く中国を2−0(1-0,1-0)で倒して決勝へ。

 そこで待ちわびていたのは、3年前のアテネ五輪で惜敗したイリナ・メルレニ(旧姓メルニク=ウクライナ)だった。伊調のために用意されたかのような舞台で、この宿敵に2−1(1-0,0-1,2-0)でリベンジを果たし、昨年に続いてのより価値の大きな金メダルを獲得した。

■妹・馨のアドバイス「やっとこの時が来たんだよ」

 長く辛い3年間だった。「姉妹そろって金」を目標に掲げたアテネ五輪。決勝でメルレニに判定負けし、夢は断たれた。「自分のせいで夢をかなえられなかった」と罪悪感に襲われた。すぐにでもリベンジを果たしたかった。だが、メルレニの出産などのためリベンジの機会は一時お預けとなった。

 ライバル不在の中、昨年の世界選手権では「対戦する選手全員を倒して金メダル」が目標だったという。しかし、今年、待ちに待ったメルレニが世界選手権のマットに再び登ることが分かり、目標は一本にしぼられた。「イリナ(メルレニ)を倒して金をとりたい」――。

 決して一人では取れなかった金メダルだ。夢の共有者である妹の馨がいてこその金メダルだ。姉のリベンジのために、この日のアップでも仮想イリナに徹してくれた。決勝に臨む直前、馨が声をかけた。「リベンジだよ。やっとこの時が来たんだから、今までのことを全部ぶつけてきて」。決意は固まった
(右写真=3年ぶりにマットで相対した伊調とメルレニ)

 1回戦から準決勝までの5試合を4分間または6分間のフルタイムでこなしてきた伊調と対照的に、メルレニは組み合わせの関係で4試合。準々決勝を48秒で終えるなどフォール勝ちもあり絶好調だった。

■執念の片足タックル! メルレニを場外へ押し出す

 しかし、伊調とメルレニの試合で先にクリンチのチャンスをものにし、第1ピリオドを制したのは3年分の悔しさを胸に抱く伊調だった。「1ピリオドを取って、次も取ったら勝てる」。やっとの思いでの対戦に気持ちが焦り、バックに回られて第2ピリオドを0−1で落とした。
 
 泣いても笑っても最後の第3ピリオド。一進一退で進んだあと、伊調のタックルがメルニクの左足をとらえた。焦らずにじわりじわりと場外へと押し出して値千金の1点を獲得。その後、メルレニが伊調のシングレット(ユニホーム)をつかんだとして(このピリオド2度目)、勝利を決定づける警告の1点が伊調に加えられ、その十数秒後、マット上で日本代表チームの栄和人監督(中京女大職)と喜びを分かち合う伊調の姿があった。
 
 「最後、タックルで取れたのがよかった」と振り返った伊調。「決勝が一番いい試合だったと思います」と姉の金メダルを喜ぶ妹の馨。表彰式後に対面すると、千春の顔に再び涙があふれた
(右写真)

 最高の形で3年前の決着をつけた伊調。この勢いは、姉妹の間で新たな目標となっている「北京五輪で姉妹で金」につながっていくはずだ。

(文=藤田絢子、撮影=矢吹建夫)



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