【特集】世界選手権へかける(15)…男子グレコローマン55kg級・豊田雅俊(警視庁)【2007年9月9日】







 “超高校級のグレコローマン選手”と言われてから14年。男子グレコローマン55kg級の豊田雅俊(警視庁=
左写真)が、アテネ五輪を含めて5年連続で世界大会に挑む。

 初出場の2003年は、アテネ五輪の出場資格獲得がかかっていた。今回の世界選手権は北京五輪の出場資格をかけた闘い。4度の世界大会を経験しているものの、「精神的なプレシャーは前回と変わらないですね」。オリンピックへ挑む選手の気持ちは、どんな選手であっても、プレッシャーや緊張との闘いが繰り広げられる。

 経験を積む分だけ実力がアップすると考えるのは、必ずしも正しくない。多くの経験を積み、修羅場をくぐってそのスポーツの奥の深さや勝負どころでの力の入れ方が分かってきても、その時には体力が衰えている場合が多い。レスリングのような激しいスポーツの場合、けがで思うように練習できないケースも少なくない。

■わざと苦手な体勢に追い込まれての練習も

 チームの最年長、30歳となる豊田にもこの壁があったはずだ。しかし、豊田は「今年は大きなケガもなく、練習メニューをすべてこなして、ここまでくることができました」と胸を張る。トレーナーによるケアがよかったこともある。「手を抜く、というわけではありませんが、力の入れどころを間違いませんでした」と振り返る。

 7月下旬からのブルガリア遠征の最後に行われた「ニコラ・ペトロフ国際大会」で、昨夏に続いて1階級上の60kg級に出場した時も(昨年はポーランドの「ピトランシスキ国際大会」)、コーチ陣が一番心配したのはケガだった。

 豊田は「ふだんから60kg級の選手と練習をやっている。おなかいっぱいに食べて闘えば、けがは絶対にしない」と主張し、「世界選手権の1ヶ月半前に、減量による筋力ダウンを避けたかった」という自らの考えた計画を貫いた。こうしたことができるのは、キャリアに裏づけられた強さだろう。
(右写真=伊藤広道コーチに見守られて練習する豊田)

 大会前の合宿中に行われたブルガリアや韓国の世界選手権代表選手との練習や練習試合でも、「わざとすきをつくって相手のいいように組ませ、そこから耐える練習をやりました」と、キャリアからくるワンランク上の練習を実践した。

 相手の強さを封じて勝てば、自信はついていく。見ているコーチからの受けもよくなる。しかし、試合はいつも自分のペースで進めるとは限らない。練習ではわざと不利な態勢をつくって耐えることも必要なこと。外国の強豪選手との練習でそれができるのは、実力と余裕があればこそ。

 「若い頃は、練習試合ひとつにしても、まず勝たなければならない、という気持ちがありましたね。今はゆとりがあるというか…。ゆとりによって、勝つことを意識するより、自分の実力を100パーセント出すことを考えられます」。この精神状態で大会に臨むことができるかどうかが上位進出のポイントになりそうだ。

■世界3位を破った実力! 100%の力を出し切ればメダルに手が届く

 この階級で2年連続世界王者に輝いているのがハミド・スーリヤン(イラン)。今年は別の選手が出てきそうだが、誰であっても世界V2の選手を破って出てくるイラン代表はあなどれまい。他に世界のトップに名を連ねているのが、05年世界2位・06年世界3位の朴殷哲(韓国)、06年世界2位・07年欧州王者のロブシャン・バイラモフ(アゼルバイジャン)など。

 豊田は過去の対戦や練習での手合わせからして、どの選手とも大きな実力差を感じておらず、事実、ドーハ・アジア大会で朴殷哲(韓国)を破っている
(左写真)。「自分の力を100パーセント出し切れば、メダルには手が届く。金メダルも夢ではない」という確かな感触を持っている。

 逆に、自分も下位の選手から大きく飛び抜けているとも思っていない。「相手がだれであっても、圧勝しよう、とかは思いません。接戦になっても、はやる気持ちを抑えて、焦らないようにしたい。今の実力以上のものは望まない」と自分自身に言い聞かせているという。

 昨年は、初戦でレフェリーに相手選手の反則(豊田の脚をつかんで防御)を見逃され、納得できない黒星を喫した。その悔しさの分も今年燃えなければならない。世界選手権の初日に日の丸を揚げ、日本チームを勢いづける活躍を期待したい。

(文=樋口郁夫)



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