【特集】世界選手権へかける(5)…女子48kg級・伊調千春(ALSOK綜合警備保障)【2007年8月30日】








 昨年の世界選手権で、48kg級としては初めて世界一に輝いた伊調千春(ALSOK綜合警備保障=
左写真)。決勝で前年の世界チャンピオン、任雪層(中国)をフォールで破り、確固たる地位を築いた感があった。しかし、今年の闘いは昨年以上の厳しさが予想される。出産のために戦列を離れていたアテネ五輪金メダリスト。伊調が決勝で敗れたイリナ・メルニク(ウクライナ)が復帰してくるからだ。

 1年以上のブランクがメルニクの実力にどう影響しているかは分からない。ただ、8月18〜19日にポーランドで行われた「ワルシャワ・カップ」で、米国の世界選手権代表のステファニー・ムラタ戦を含めた4試合にフォール勝ちして優勝するという事実からして、実力を落としているとは考えにくい。現在のルール下でフォール勝ちというのは、よほどの実力差がなければできないことだ。

 しかも、メルニクは昨年の伊調の試合をビデオで入手して研究することができるのに対し、日本ではいま現在、メルニクの最新の試合を入手できていない。伊調の表情が引き締まるのも当然だろう。

■頭が真っ白になって、何も覚えていないアテネ五輪の決勝後

 伊調の頭の中に今あるのは、まずメルニクへのリベンジの気持ちだ。世界選手権の連覇も、北京オリンピックの出場権獲得がかかる大会であることも、気持ちの前面にはない。「アテネ・オリンピックの前の国内予選で、オリンピックの代表を意識しすぎて、マキコ(坂本真喜子=現自衛隊)に負けてしまった経験があります。目の前の試合に全力で闘うことが大事だと思います」という教訓からでもあるが、メルニクへのリベンジは、選手生活を続けるうちに絶対に成し遂げなければならない“宿題”でもある。

 アテネ五輪の決勝のことは、忘れることができない。スコア2−2で、当時のルールである延長の3分間が終了。多くの観客はどちらが勝ったか分からないようだったが、伊調は内容差で自分が負けたことを知っていた。「終了のブザーが鳴った時、頭の中が真っ白になりました。メルニクが審判に抱きついたことが見えたけど…
(右写真)。表彰式のことも、ウクライナの国歌も何も思い出せないんです」。

 何も覚えていないことが、3年たった今でもしっかりと心に残っている。それほど悔しい出来事。リベンジを果たしても、その時の気持ちが消えることはないだろう。だが、リベンジを果たさなければ、自分の気持ちを納得させることができない。今年の世界選手権は、伊調のレスリング生活の中で最大の勝負なのである。

■メルニクのスタイルが変わっていても、自分のレスリングを貫く

 メルニク対策は、妹の馨と繰り返しやっている。馨がメルニクの動きをやってくれ、それに対応する動きを研究。自分のことで精いっぱいの選手なら、とてもそんなことはやってもらえないだろうが、実力ある妹の存在は頼もしい限り
(左写真=妹と練習する伊調千)

 不安はメルニクのレスリングがどう変わっているかだ。長年トップレベルに君臨している選手は、周囲に研究されてそれに対応するため、そして体力もわずかずつであっても落ちていくため、少しずつファイトスタイルが変わっていくのが普通だ。最初はパワーに任せて突進するタイプだったのが、いつしかうまさを取り入れたレスリングとなり、最後は徹底したカウンタータイプになる例はよくある。

 メルニクが初めて世界一に輝いたのが2000年。それから7年。張り手まがいの強烈な前さばきで突進するレスリングのままであるとは思えない。2005年の世界選手権で、坂本真喜子のためにメルニク対策を練っていた自衛隊の藤川健治コーチは「2年前の世界選手権のあと、スタイルが変わり、左腕を差してからの攻撃をしていたので、差された時の対策をやってきた」と話している。アテネ五輪優勝のあと、スタイルが微妙に変わっているのは間違いない。

 1年以上のブランクによって、スタイルはどう変わっているのか。伊調は「変わっていても、自分のレスリングをするだけです」と、どんなスタイルになっていても、惑わされるつもりはない。決勝で闘う組み合わせとなり、準決勝までのファイトをじっくりと研究したいところだが、初戦激突になっても、自分の力を信じて闘うだけ。リベンジ魂が真っ赤に燃え上がることを期待したい。

(文=樋口郁夫)



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