【特集】不満の残った決勝戦。目標は全試合フォール…女子55kg級・吉田沙保里(ALSOK綜合警備保障)【2007年5月11日】








 アジア大会を含めれば4年連続5度目のアジア・チャンピオン。国内外通算の連勝記録を「109」に伸ばして金メダルを取った女子55kg級の吉田沙保里(ALSOK綜合警備保障)だが、決勝戦に勝った直後は笑みが全くなく、不本意な表情を浮かべた。

 ピリオドスコア2−0だったものの、フォールできなかったことと、がぶり返しポイントを失ってしまったからだ。「満足そうな表情が全くなかったね」の声に、ちょっぴり苦笑いを浮かべながら、「フォールできなかったことも悔しいし、ポイントを取られたことも悔しい」と、その理由を説明した
(右写真=決勝で蘇麗慧相手にフォールを狙う吉田)

 ただ勝つだけでは満足できない。北京五輪まで無敗を目指す吉田にとっては、アリが入るほどの隙間があってはならず、フォール勝ちという完全な勝ちパターンを常に実行していかなければ気がすまないのだろう。4月14日の「ジャパンビバレッジクイーンズカップ2007」では、とことんフォールにこだわる姿があった。その姿勢はこのアジア選手権でも続いており、準決勝までの2試合は速攻でフォール勝ちを決めた。

 レスリングは元来、フォールによって雌雄を決する格闘技だ。しかし、相手の体を裏返して両肩をがっちりとマットにつけることは、簡単なことではない。2分1ピリオドとなり、試合時間が短くなるにつれてフォールという決着を目にすることがどんどん少なくなってきた。

 どんなスポーツも、競技として発展するにつれ闘い方も変わっていく。初期の野球は、投手が思い切って投げ、打者が思い切り打つだけの単純なスポーツだった。しかし今ではヒットエンドランやスクイズといったチームプレーが必要となり、複雑なサインプレーをこなさなければ勝てない時代だ。

 投手には変化球でかわす技術が必要になっている。投手の分業制といったシステムもできた。現在では、剛速球だけで三振を取り、9回を投げ切ることは必要とされていない。

 現代のレスリングも、必ずしもフォールする技術は必要でなくなった。テークダウンを取る技術があり、2分間を流す技術があれば、それで勝ち続けることができる。

 だが、そんな時代だからこそ、あえてフォールにこだわる選手がいてもいい。「昔は、そんなにフォールにはこだわっていなかったんですよ。ポイントを取って勝てば、それでいい、と」。そんな吉田が、最近フォールに凝っている。そうでなければ、試合に臨むモチベーションが保てないからなのか、それとも「レスリングは相手をフォールするスポーツ」という哲学に目覚めたからなのか。

 その問いに対するはっきりした答えは出てこないが、「早くにフォールすれば、体力も使わずにすみますし」と話し、フォール勝ちの連続で連勝記録の更新を目指す気持ちは強い。だからこそ、フォール勝ちできなかった決勝戦に不満が残った
(右写真=表彰式では気を取り直し、笑顔で受賞)

 そんな吉田に、全日本チームの栄和人監督(中京女大職)は「世界2位の中国選手を、2度までもニアフォールに追い込んだんだぞ。それだけでもすごいことだ。あまり落ち込むな」と慰めた(?)。「そうでうすね」と返した吉田。だが、それで満足していないことは、表情を見れば一目瞭然だ。

 「タックルはどんな試合でも決められると思います。グラウンド技でしっかりとフォールに持ち込む練習を積みたい」。フォール勝ちにこだわる姿勢は、吉田の実力を2倍、3倍に伸ばしてくれることは間違いないだろう。高速タックルに強烈なグラウンド技が加われば、どんな強い選手になるのだろうか。

 底知れない可能性を見せてくれた吉田の5度目のアジア・チャンピオンだった。


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