【特集】アジア王者を目指す韓国からの逆輸入選手…男子フリー60kg級・大館信也(自衛隊)【2007年4月30日】






 井上謙二(自衛隊)がアテネ五輪で銅メダルを獲得し、その後、世界選手権の代表が年ごとに入れ替わった日本最大の激戦区、男子フリースタイル60kg級。1月下旬の天皇杯全日本選手権では、そこにプロ格闘家の山本“KID”徳郁(KILLER BEE)が参戦し、実力面だけでなく人気面でも最も注目される階級になった。

 その激戦階級に、韓国体育大学の修士課程終了という経歴を持ち、今年の4月に自衛隊体育学校に入校した国士大OBの異色レスラーがいる。1月の全日本選手権で3位に食い込んだ大館信也
(左写真)だ。1月の全日本選手権覇者の湯元健一(日体大助手)と同2位の井上謙二のアジア選手権辞退により、5月にキルギスタンで行われる同選手権の日本代表に選ばれた。

 見据える先は、言うまでもなく北京五輪。「1秒たりともレスリングの情熱が冷めたことがない」という大館が歩んできた一風変わったレスリング人生は−。

■国士大から韓国へ

 大館は1980年生まれで今年27歳。世界V4の坂本日登美(自衛隊=女子51kg級)と同期であり同郷。国士大を2003年3月に卒業した。ちょうど翌年にアテネ五輪を控えており、当時全日本ベスト8の成績だった大館は、逆転でアテネ五輪出場を果たすため、国士大と交流のあった韓国体育大学へレスリング留学を決意した。

 異国の地で、語学学校に通いながらレスリングと必死に練習したが、2004年4月のアテネ五輪最終選考会(明治乳業杯全日本選抜選手権)では、初戦で太田亮介(警視庁)に敗北。レスリングの集大成として描いていた“五輪で有終の美”を飾る夢は、はかなく散った。狂った人生設計を立て直すのに1週間ほど落ち込んだそうだが、答えはとてもストレートなものだった。「4年後の北京五輪があるじゃないか」−。

 しかし、レスリングだけに打ち込むことはしなかった。「生まれて初めて勉強した」と振り返るほど猛勉強をしたおかげで、短期間で韓国語が身についていた。レスリング留学をしていた体育学校から大学院受験を勧められ、見事合格。専攻科目は「スポーツ社会学」で、「総合スポーツ施設における日本と韓国の比較」の修士論文を習得してわずか3年目の“韓国語”で提出した。

 ちょうどそのころ、韓流ブームが巻き起こり、日本から観光客が大量に韓国におしかけるようになると、通訳のアルバイトの依頼が殺到。「語学の壁があって大変だったけれど、韓国生活は楽しかったですね」と充実していたようだ。

■和久井始コーチの下で世界を目指したい

 韓国を拠点として勉強とレスリングに打ち込んだ大館は、2004年、2005年の全日本社会人選手権できっちり優勝。全日本選手権ではベスト8の壁を敗れないでいたが、北京五輪代表の座を虎視眈々と狙っていた。2006年2月、無事卒業論文も書き終えて大学院を卒業し、日本へ帰国することになった。進路はレスリングに集中できる環境がいい。

 そこで脳裏をよぎったのは、2005年10月に社会人選抜チームの遠征で参加した米国の強豪がそろうサンキスト国際オープン大会(米国テンペ)の時のことだった。この時、大館は2回戦で敗れるも、敗者復活戦6試合勝ち抜いて3位へ。それも欧州3位になったこともあるサヒト・プリズレニ(アルバニア)を破っての価値ある銅メダルを獲得した。

※参照記事 ⇒ http://www.japan-wrestling.jp/New05/488.html

 その原動力となったのが、遠征に帯同していた自衛隊の和久井始コーチだ。「和久井コーチが、『てめえ、タックル入らなかったら殺す!』と気合を入れてくれたので、勝てました。一人一人、親身になった指導してくださいますし、この人についていけば世界で勝てると思ったんです」

 その記憶がよみがえり、自衛隊入隊を決意するが、この春に入隊した湯元進一(拓大卒=フリースタイル55kg級)や鶴巻宰(国士大卒=グレコローマン74kg級)らエリート選手と違って、一般自衛官として半年間の訓練が義務付けられるコースだ。その訓練が過酷なのは、自衛隊を知る人の間では有名なのだが、「私は楽しかったです」。

 自衛隊の訓練は大館にとっては韓国語の勉強より楽だったようだ。1年間の訓練と体育学校のテストもクリアし、今年4月、晴れて自衛隊体育学校に入校が許可された。

■アジア選手権で存在感を示す

 「世界で闘った経験のある井上さんや田岡秀規選手と毎日練習ができるし、最高の環境です」。自衛隊での練習は昨年9月からのスタートだったが、わずか4〜5ヶ月で、それまでベスト8止まりだった全日本選手権で3位の結果を残すことができた
(左写真:準決勝で井上謙二と対戦する大館=赤)。そのおかげで、久々の国際大会(アジア選手権)に参戦する。

 「6月の全日本選抜選手権に集中するために(アジア選手権を)辞退する人がいるけれど、(自分には)いいチャンスだと思っています。マイナスになることはない」と前向きな姿勢。 目標はもちろん優勝。そこで結果を残せば、「フリースタイル60kg級に大館あり」と、周囲に存在感を見せつけられるだろう。

 「自分のスタイルであるハイクラッチを決めて勝ちたいです。もし競り合う試合になったら、絶対に気持ちでは負けません」。紆余曲折を得てやっとめぐってきたチャンスをものにできるか? 自衛隊1年目の“オールドルーキー”大館に注目だ。

(文・撮影=増渕由気子)


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