【特集】「世界選手権の舞台に立つ意味は大きいから」…正田絢子(ジャパンビバレッジ)【2007年4月26日】








 4月25日、東京・国立スポーツ科学センター(JISS)でスタートした全日本女子チームの合宿に、59kg級世界チャンピオンの正田絢子(ジャパンビバレッジ)の元気に練習する姿があった(右写真=2列目左端)

 63kg級で北京五輪を目指しながら、今年1月の天皇杯全日本選手権と今月14日の「ジャパンビバレッジクイーンズカップ2007」でアテネ五輪金メダリストの伊調馨(ALSOK綜合警備保障)に連敗。今年の世界選手権(9月、アゼルバイジャン・バクー)代表となった伊調馨が金メダルを取れば、その段階で伊調の北京五輪代表が内定。正田の五輪出場は絶望となる。

 それでも、五輪種目にない59kg級の世界選手権代表決定プレーオフ(6月10日、東京・代々木第二体育館)に出場し、世界選手権のキップを手にしようと決意した。このプレーオフ出場を「意外だ」と感じた関係者もいたに違いない。正田は静かに話し始めた。

 「試合が終わって、最初は何も考えられなかったし、シューズを脱ごうとも考えました。でもいろんな人が応援してくれて、浜ちゃん(浜口京子)や金浜良コーチ(ジャパンビバレッジ)、網野高の吉岡治監督にはすごく心配をかけました。そうした人たちに自分はまだ恩返しができていない…。プレーオフに出るのか出ないのか。期限もあったし、グズグズしてはいられなかった」
(左写真=クイーンズカップで伊調に惜敗した正田)

 14日の試合が終わり、週が明けて16日の月曜日。ジャパンビバレッジ・レスリング部は、都内の焼肉店で部員の歓送迎会を開いた。正田はこの場で決意を固めたという。ジャパンビバレッジの金浜良コーチが焼肉店の様子を教えてくれた。

 「五輪の可能性がゼロになったわけじゃないし、目標があった方が絶対にいいから、プレーオフには出た方がいいんじゃないか、っていう話はしました。かなり悩んでいただろうし、答えはまだその週のうちに出せばよかったんだけど、網野高の先生に電話したりして、その場で結論を出しましたね」

 失意の敗戦からわずか2日。正田の頭には様々な思いが駆け巡った。「やっぱり59kg級で西牧(未央=中京女大)か山村(慧=中京女大)が出場して金メダルを取ったら、一番悔しいのは自分だと思うんです。世界選手権は出たくてもチャンスのない人がたくさんいる。チャンスがあるのに、見過ごすわけにはいかなかった」

 確かに、相当厳しいとはいえ、正田の北京五輪出場の可能性は現時点で残されている。伊調馨が世界選手権で金メダルを逃すかもしれないし、けがというアクシデントに見舞われるかもしれない。そうすればもう一度、女王の挑戦するチャンスは訪れる。

 「やっぱり世界選手権の舞台に立つ意味は大きいと思うんです。自分自身、一昨年、去年と59kg級で優勝してすごく自信になったし成長もしたと思う。63kg級で勝負するのに、59kg級に戻すのはマイナスかなと思ったこともあったけど、今はどちらの階級でも通用する選手になりたいという気持ちです」
(右写真=同僚の浜口京子選手と練習する正田)

 悔しい気持ちは引きずっている。奈落の底に突き落とされたライバルと肩を並べて練習するなんて、複雑な気持ちであるに違いない。それでも、16歳で初めて全日本選手権のタイトルを獲得した26歳は闘い続ける道を選んだ。やらずに悔やむより、やって悔やもう。ただその思いを胸に。 

(文=渋谷淳)


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