【特集】“頼れる姉”正田からの激励に涙…63kg級・伊調馨【2007年4月15日】







 「できればやりたくなかった」。最大のライバル、正田絢子(ジャパンビバレッジ)との対戦を終えた63kg級の伊調馨(ALSOK綜合警備保障)の感想だった。

 互いに順当に勝ち進んで迎えた決勝戦は、伊調が第1ピリオドを1−0で取り、第2ピリオドはクリンチからのテークダウンを難なく決め、ストレートで勝利を収めた。試合後の派手なガッツポーズはなく、直後にマット上で行われた優勝インタビューでは「(全日本の)合宿とかで正田選手にはお世話になった。正田選手がいたからここまでがんばれた」と、涙をこらえながら敗者をねぎらうコメントを連発した。

 ちょうど3年前。アテネ五輪最終選考会を兼ねた2004年のジャパンクイーンズカップでは、伊調は正田を下し、弱冠20歳で五輪代表を決めた。優勝を決めると顔をくしゃくしゃにしてガッツポーズ、そして雄叫びを上げ、喜びを爆発させた。「3年前は、正田選手の存在は敵そのもので、勝つことしか考えていませんでした。でも今は違います」と、今現在の二人の関係を明らかにした。
 
 アテネ五輪後、正田が59kg級に階級変更し、そろってナショナルチームのメンバーになると、試合以外で正田と接する機会が増えた。全日本合宿や海外遠征、世界選手権などで生活では、4歳年上の正田はよきお姉さん的な存在で、精神面で支えられた。レスリングを愛する仲間として、3年前のような敵意むき出しの間柄ではない。

 試合後には、正田から声をかけられたという。「がんばってね。応援しているから。必ず北京(五輪に)行って金メダル獲ってきてね」。敗者から激励の言葉をかけられたのはレスリング人生初めてのこと。「自分がもし負けていたら、そんなことできない」と正田を選手としてリスペクトし、「正田さんは北京五輪にかけていたと思うので、代表になった責任を感じます」と神妙な面持ちで気持ちを引き締めていた。

 3月には、中京女子大を卒業。姉と同じく綜合警備保障に入社した。練習環境は変わらないが、「(授業などがなくなり)自分の時間が取れ、レスリングに割く時間が多くなりました」と充実した毎日を送っている。

 今年の世界選手権で金メダルを獲れば、五輪代表に内定する。「正田さんのためにも絶対、優勝します」。今までは姉妹で金メダルを獲ることが伊調の最大の目標でありモチベーションだったが、今大会からは違う。自分のために、姉のために、そしてよきライバル正田のために北京で必ず金メダルを獲る――。姉妹だけの絆じゃない、ライバルとの絆をもって伊調は今年6度目の世界女王の座を目指す。

(文=増渕由気子、撮影=矢吹建夫)


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