【特集】実力は接近。対戦成績の不利をはね返せるか…女子63kg級・正田絢子【2007年4月7日】







 日本女子レスリング界恒例となりつるある世界チャンピオン同士の五輪代表争い。今回は吉田沙保里(ALSOK綜合警備保障)と坂本日登美(自衛隊)が争う55kg級と、伊調馨(ALSOK綜合警備保障)と正田絢子(ジャパンビバレッジ=
左写真)が争う63kg級が、その階級となる。

 1月の天皇杯全日本選手権でのスコアだけから判断した場合、実力がより均衡していると考えられるのは、63kg級の伊調と正田だ。伊調が勝って、アテネ五輪の代表争いからの通算成績を6戦全勝としたものの、スコアは1−0、2−1と、2ピリオドとも1ポイント差。59kg級へ落として世界で勝つ経験を積んだ正田が、大きく力を伸ばして伊調の前に立ちはだかっている状態だ。

 この試合の第2ピリオド、正田はある勘違いをしており、本来なら取れるピリオドを落としている。第2ピリオドの開始30秒、正田は伊調を場外際に追い詰め、伊調の体が場外へ出てしまった
(右写真)。審判団は伊調に場外逃避の警告(コーション)を与え、正田に1ポイントが入った。その後、伊調が反撃して1分28秒で1ポイントを返し、スコアは1−1で終盤へ突入した。

 1−1以上の同点でピリオドが終了した場合、まず問題になるのは警告を相手に与えているかどうか。これがなかった場合、ビッグポイントの数で、それも同じだった場合、ラストポイントを取った選手が、ピリオドの勝者となる。

 伊調と正田の第2ピリオドは、そのままいけば、ラストポイントを取っている伊調ではなく、相手に警告を与えている正田が勝者となった。しかし正田は終了間際に攻撃を仕掛け、ラスト8秒、かわされてバックを取られ、痛恨の1失点。スコアは2−1となって、伊調の手が上がった。正田は必要のない攻撃を仕掛けたことによって、みすみすこのピリオドを落としてしまい、第3ピリオドへもつれることなく試合が終わってしまった
(下写真)

 正田に攻撃の真意を聞いた。「コーションによる1点だと思わなかったんです。普通の(場外へ出たことによる)1点だと思っていました」。闘っている選手は、レフェリーのアクションにいちいち注意を払っているわけではない。コーションを示すレフェリーのアクションに気がつかないことは、十分にありうること。あってはならないミスだが、それが出てしまった。

 この勘違いがなくても、伊調が第3ピリオドを取って勝敗は変わらなかったかもしれない。しかし、正田の勢いが伊調を上回った可能性もある。

 ひとつ言えることは、このルールで闘った前回の対戦(2004年12月の全日本選手権。伊調が5−0、2−0で勝ち)の時より、両者の力は間違いなく接近していること。正田の口から「(伊調を)倒すのは私しかいないと思っています」という自信に満ちた言葉が出てきたほどで、正田の心には打倒伊調の確かな手ごたえが芽生えていることは間違いない。

 世界選手権を経験した選手の成長や強さとでも言うべきか。たとえ1階級下であっても、世界最高峰の舞台で各国から出てきた強豪を相手に闘い、1敗もすることなく2年連続で世界一になった経験は、正田の実力を大きく伸ばしてくれたようだ。

 今年の世界選手権で金メダルを取れば、その時点で五輪代表が決まる選考方法になったため、当初よりも“勝負の時”が早まってしまった問題も、元々63kg級だった正田の場合は、ほとんど問題はない。

 「(63kg級に)出る時から、負けたら終わりと思っていました。選考方法が変わったからといって、思ったことは何もありませんでした」。63kg級に戻した時から、勝つか負けるかの勝負をかけるつもりだった。「来年の冬までは、負けても次につながる内容を」などという気持ちでやっていたわけではない。勝負の時がいつであっても、問題はない。

 体重やパワーの問題も、階級を戻すのだから、階級アップにまつわる壁などはないに等しい。全日本選手権からの2ヶ月半で、筋力アップも進んでいるであろうし、59kg級から上がってきたハンディはまったくないと考えていい。

 昨年は世界選手権のほか、伊調が出なかった4月のアジア選手権(カザフスタン)と6月のゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン)に出場し、実戦を数多く経験した。アジア選手権は63kg級での出場で、その時に2−0、3−0で快勝したモンゴル選手は、12月のドーハ・アジア大会で3位に入った選手。63kg級ででも通じる力は、ずっと持ち続けていた。

 63kg級で勝つため、過酷な減量に挑んで59kg級で経験を積んだ正田(右写真=昨年9月、59kg級で世界2連覇を果たした正田)。勝負の世界に、過去の対戦成績があてにならないことは少なくないが、この両者の闘いこそ、その典型と言えるだろう。

 吉田沙保里の後を追って連勝記録を突き進む伊調馨(現在、国内外通算79連勝)だが、これまでの五輪と世界選手権で闘った誰よりも強力な敵を迎えたようだ。


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