早大の松本桂選手と山口剛選手が西武新宿線で痴漢男を取り押さえる【2008年9月26日】



 今月18日の全日本学生王座決定戦で初優勝を遂げた早大部員がマット外でも力を発揮した。西武新宿線で痴漢男を撃退、被害者の女性を救い出すとともに、警察に変態男を突き出した。

 事件は9月22日の朝に起きた。練習に向かおうとした早大部員の松本桂選手(2年=長崎・島原工高卒、
写真左)と山口剛選手(1年=岐阜・中津商高卒、写真右)が東伏見の寮から練習場の高田馬場へ移動するため西武新宿線の車中にいた。時刻は8時半すぎ、平日の通勤ラッシュもだいぶ引いてきたころだ。

 その時、松本の目に信じられない光景が飛び込んだ。ドア付近の20代と思える女性のスカートをめくって痴漢をしている40代くらいの身長170センチほどの小太りな中年男がいた。

■犯行が明らかにもかかわらず、容疑者は否認!

 被害者の女性は何度も男性の手を払うが、男性は行為をやめようとしない。あっけにとられた松本は山口にそのことを告げた。2人で男性をにらむと、行為はおさまった。「もう一度やったらその場で取り押さえよう」。2人はそう決めたが、その後は何もないまま高田馬場に到着。

 ドアが開いた瞬間、思い切って2人は当事者たちに声をかけた。「痴漢していましたよね」、そして「痴漢されていましたよね」―。困惑気味に「されました」と答える被害者女性とは裏腹に、男は「やってない」とすぐさま否認。

 山口選手は口をとがらせてその場の状況を振り返る。「犯行は明らかだったのに、その男は『会社に遅れてしまうから、もう(言いがかりは)やめてくれないかな』と言い逃れをしたんです。それでカチンきて、僕はキレましたよ」。あまりにもすっとぼけた犯人の言い訳にらちが明かないことから駅員を呼び出し、駅員室で話し合うことになった。

■2度も逃走した相手に“得意技”のタックルで捕獲

 ところが「5人で駅員室に向かっていたんですが、だんだん男の歩くテンポが速くなって、そのまま逃げ出したんです」(山口選手)。自分の荷物を松本選手に預けた山口選手は100メートルほど走って男に追いつき、後ろからツーオンワン(腕とり)で捕獲。駅員室に連行された男性は観念して“お縄”につくと思われたが、両選手と女性が別室での事情聴取をうながされて目を離した隙に、今度は駅員室からの逃走を図った。

 男は西武新宿線から場所を移して山手線ホームをめがけて階段を一気にかけ上がり、ちょうどホームに停車していた電車に乗り込もうとした。それを再び山口がダッシュで追いかけ、今度は後方からの胴タックルで捕獲し、持ち上げて車内から引っ張り出した。

 周囲は突然の出来事にあ然。山口は「正直、周囲の目が痛かったです。みんな、僕が中年男性をいじめているとしか思えない光景でしたから…」とバツが悪そうに振り返る。だが、その果敢な行動は被害者の女性や駅員に非常に感謝されたそうで、駆けつけた戸塚署の警察官にはレスラーならではの体格のよさと、その勇気を買われて4年後の入庁を勧められたとか。(左写真:2人のお手柄を報じる朝日新聞=都内版)

■早大レスリング部で西武新宿線は安全地帯!

 松本選手は今年、JOC杯ジュニア選手権60kg級で優勝し、世界ジュニア選手権に出場(10位)。8月の全日本学生選手権で2位に入賞した。山口選手は昨年、高校で三冠王(全国高校選抜大会、インターハイ、国体)に輝き早大に進学。今月の全日本学生王座決定戦の決勝で貴重な白星」をマークし、早大優勝を支えた。

 この日は午前10時から練習があったが、痴漢騒動で、2人は参加できなかった。だが、競技力向上の意識の高い両選手は2人で別メニューをこなし、10月23〜24日の全日本大学グレコローマン選手権(東京・駒沢体育館)に向けて準備を進めたという。

 早大レスリング部は全員が東伏見の寮で共同生活をしている。松本選手は「僕たちは全員が西武新宿線を使っている。この路線で痴漢は絶対に許さない」と、西武線の安全を守るため何度でも痴漢と闘うことを宣言した。

(文・撮影=増渕由気子)


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