【特集】世界女子選手権の主役を奪え!…坂本日登美、正田絢子、西牧未央【2008年9月12日】



 17年ぶりの日本開催となる世界女子選手権(10月11〜13日、東京・代々木第1体育館)には、北京オリンピックの代表のほか、日本で彼女らの華々しい活躍を見つめつつ、満を持して練習に励んでいた3人の選手が参加する。いずれも優勝を狙える実力者たち。世界一を目指し、いよいよ戦闘モードに入った。


■51kg級史上最強を目指して燃える…坂本日登美

 6度目の世界一を目指す51kg級の坂本日登美(自衛隊)。4年前のアテネ五輪の時は、そのマットに立つことができず「悔しい気持ちでいっぱいだった」そうだが、北京五輪では、なぜかそうした気持ちはなかったという。「日本選手を応援していました。沙保里(吉田)が優勝した時は本当にうれしく、『おめでとう』という気持ちでした。悔しいという気持ちは全くありませんでした」。

 悔しさは、55kg級で夢破れたあと、「私は51kg級で世界一を目指すんだ」と決意した時に完全に消えてくれたという。自分の階級で世界一を目指す気持ちがしっかりと固まっている何よりの証拠だろう
(右写真=藤川健治コーチの指導で練習に励む坂本)

 それは、「6度目の優勝」に水を向けた時にはっきりと伝わってきた。五輪と合わせた世界一では吉田と伊調馨が「7度」を記録したが、世界選手権だけに限れば、6度の優勝は日本選手では浦野弥生だけが達成している記録だ。五輪には出場していなくとも、日本の女子レスリング史にさん然と輝く記録になる。しかし「優勝回数は気にならないです。51kg級で負けたくない、という気持ちの方が強いです」。

 世界選手権(すべて51kg級)で23戦全勝。51kg級での国際大会は56連勝中。51kg級での闘いに誇りを持っていればこそ、他人の栄光をうらやむことはない。後世まで残るこのすばらしい記録に、黒星をつけてほしくはない。

 「全日本合宿が始まり、いよいよだな、という気持ちです」。地元開催ということで、これまで出場したどの世界選手権よりも多くの応援が予想される。「雰囲気にのまれないようにしたい。自分の力を信じ、やるだけです」。かつてない緊張感が全身からただよう。

 それは、この大会を最後にして第一線での選手活動にひとまずの区切りをつける決意をしているからかもしれない。「レスリングが好きだから、何らかの形で携わってはいきます。でも、選手活動は今回でひとまずの区切りをつけます。妹(真喜子=48kg級)のサポートもしたいし」。

 2012年ロンドン五輪で51kg級が実施されることになった場合には、それを目指す可能性は否定しなかったが、「これが最後のつもりで闘います」ときっぱり。

 2005年から世界選手権で、1ピリオドも落とさない“完全優勝”を3度続けたのは、吉田と伊調馨も達成できなかったこと。13試合の失点の合計はわずかに3点。パーフェクトとも思える坂本のレスリングは、地元でいよいよ総決算を迎える。


■世界選手権のマットに立てる喜びをかみしめて…59kg級・正田絢子

 坂本と同じく世界選手権に4年連続で出場する59kg級の正田絢子(網野ク)。負傷・手術から復帰して2005年に世界一に返り咲き、2006年に2年連続優勝を達成した点も同じだ。違う点は、昨年世界一を逃していること。「心のどこかに甘えがあったんですね。去年の悔しい思いはしたくありません」。つまずいた分、世界一奪還へかける思いは強い。

 「今年は何の優遇もなく勝ち取った日本代表」という思いもある。昨年は北京五輪出場を目指して63kg級に上げて世界選手権出場を目指したため、本来なら59kg級で日本代表になる道はなかった。しかし63kg級で世界選手権への道が閉ざされたあと、2年連続世界一の実績によって、59kg級でのプレーオフ出場が認められた。

 「最終的には、それに勝ち抜いて自分で取った日本代表ですが、やはり引っかかるものがありました。今回はジャパンビバレッジ杯で勝って、特別待遇ではなくプレーオフに出て、勝っての代表です」。同じ日本代表だが、感じる重みが違うのだろう。一切の甘え持たず、世界選手権のマットに向かうつもりだ
(左写真=体力づくりに余念のない正田)

 坂本と同じく、北京五輪は悔しさよりも日本選手を応援する気持ちになれたという。「世界選手権のマットに立てる喜びでいっぱいです」。この気持ちがあるからこそのことだろう。肩の手術を経てオリンピックを目指し、その間、3階級で闘った。「その日々に後悔していません。夢がある限り、追いかけてきました」。いま、2年ぶり4度目の世界一という夢が目の前にある。

 「負けるために行くのではありません。勝つために厳しい練習をやってきました。一番輝ける場です」。そう話す正田の表情は、完全なファイターの顔だった。


■“世界V3”の実績で世界選手権に初挑戦…67kg級・西牧未央

 世界選手権に出場する7人のうち、唯一初出場となるのが67kg級の西牧未央(中京女大)だ。ただし、2005年と2006年の世界ジュニア選手権と2006年の世界学生選手権に出場しており、「世界選手権」と名のつく大会に出場したのは3度ある。その3度ともに優勝しており、他にワールドカップの代表としてジャパン・ジャージを着たのも3度。国際経験は豊富で、結果も残している。

 それでも「緊張感は全然違います」と言う。選手にとって、世界選手権というのはそれだけの重みのある大会であり、不安や緊張感から逃れられない舞台だ。まして67kg級では初めての国際大会。「外国選手は体も大きいし、力もあると思います」と、これまでにない緊張感に襲われているようだ。

 しかし「全日本選手権とジャパンビバレッジ杯をともに勝ったわけだから、67kg級の日本最強なんだよ」との声に、「そうですよね。自信を持って闘います」と笑った。67kgは日本選手がなかなか世界一になれない階級であることは知っている。68kg級が「私が風穴を開けなければ、と思っています」。初出場であるが、“3度の世界選手権優勝”の実力をフルに発揮すれば、新しい歴史を築くことは不可能ではあるまい
(右写真=藤川コーチのアドバイスに耳を傾ける西牧)

 世界選手権までの課題は、低すぎるタックルを修正すること。低いタックルは効果的なように思えるが、動きすぎてバテる面もあるのだという。かといって力のある外国選手と組み合っては不利。効果的なタックルをいかに決めることができるかが勝負のポイントになりそう。

 北京オリンピックは日本でテレビ応援した。「顔を知っている外国選手が出ていて、馨さん(伊調)が必死になって闘っていて、あの場はどれくらいすごいところなんだろう、とか思って見ていました」。テレビであっても熱狂や感動は伝わってくる。モチベーションが上がったことは確かだ。

 先輩たちからもらったエネルギーをマットの上でどう生かすか。

(文・撮影=樋口郁夫)


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