【特集】2大会連続銀メダル! レスリング人生に「ありがとう」…48kg級・伊調千春【2008年8月17日】






 金メダル候補ながら銀メダルに終わったアテネ五輪から4年。女子48s級の伊調千春(ALSOK綜合警備保障)がまたも銀メダルに終わった(右写真)

 闘いは壮絶だった。まさに”死のブロック”の組み合わせ。初戦から地元・中国と対戦し、2回戦ではアテネ五輪決勝で敗れたイリーナ・メルレニ(ウクライナ)との対戦だったのだ。

 「イリーナに勝つため」「(坂本)真喜子のため」「馨との姉妹優勝のため」。この目的を果たすために初戦の中国戦は絶対に落とせなかった。1ピリオドをクリンチで分け合った後の第3ピリオド、相手のミスをついてバックを奪って、超アウエーの中、勝利をもぎとった。

■ラスト3秒でライバルに逆転フォール勝ち

 2回戦、相手は宿敵メルレニだ。リベンジは昨年の世界選手権で成功したが、五輪でのリベンジは果たしていない。千春に世界の目標を問うと、いつも「イリーナ」という言葉が出てくるほど、千春の“生きがい”だった。だが、減量がきついのか、千春の体はなかなかエンジンがかからない。足が止まったところにメルレニの強烈なタックルがズバッと決まった。

 第2ピリオドもまたもタックルで失点。残り時間は10秒を切り、メルレニの勝利をウクライナ陣営は確信。逆に敗戦を覚悟する日本応援団。だが、千春はあきらめていなかった。勝利を確信し、残り数秒を流しにかかったメルレニに、千春はこん身のタックルで組みついてラスト3秒、起死回生のすくい投げでマットにたたきつけた。そのまま押さえ込んで、終了のピリオドとほぼ同時に逆転フォール勝ち。因縁のライバルに劇的な勝利で決着をつけた。

■アテネ五輪のあといつも胸にあった夢が消えた

 強敵2人を倒し、準決勝も突破した千春の金メダルは手中に収めたのも同然だった。決勝戦の相手はカナダのキャロル・ヒュン。だが、昼休みをはさんで休養もとった千春だったが、午前中と同じように足があまり動いていなかった。そこにキャロルの長い手が千春の足をとらえた。タックルでバランスを崩し、そのまま場外へ。痛恨の1失点で第1ピリオドを落とした。

 第2ピリオド、後がない千春が勝負に出た。自ら片足タックルに踏み込んだが、キャロルの懐は深く、バックステップでかわされて、逆にバックに回られる。さらにアンクルホールドで追加点を許してしまう
(左写真)。時間は無残にも過ぎ去り、ホイッスルと同時に、千春の表情がなくなった。

 勝敗宣告をレフェリーから告げられた千春は、相手セコンドに向かう時、無表情のまま天を仰いだ。またも届かなかった五輪での頂点。アテネ五輪の決勝から国際大会無敗の千春が4年ぶりに黒星。それはまた五輪の決勝戦の舞台だった。

 アテネ五輪で銀メダルを獲得したとき、「金じゃないからうれしくない」と言い放った。メルレニとの決着はつけたが、最大の目的である金メダルは逃してしまった。これで、千春の夢「姉妹優勝」の望みはなくなった。

■「歩んできた道の金メダルをやりたい」

 悔しさだけしか残らなかったアテネ。北京で負けたことも悔しかったに違いない。しかし、表彰式には笑顔を振りまく千春がいた。カメラマンの要望に満面の笑顔でこたえる千春。シルバーのメダルも誇らしげに、天にかざして喜びを表した。

 試合に勝つことはできなかったが、勝ち負け以外の部分で千春の気持ちが胸いっぱいになった。「支えてくれた人たちに感謝の気持ちでいっぱいです。アテネからの4年間、馨と歩んできた道は輝いていました。それは私にとって誇りです。20数年のレスリング人生にありがとうと言いたい」。

 観客席からは明日に勝負を控える妹の馨が心配そうに見つめていたが、千春にはメダルの色は関係なかった。「歩んできた道に金メダルを挙げたい。銀メダルも私の中では金メダルです」。この4年間の道のりそのものが金メダルよりも価値あるものだったと納得の表情。

 姉妹で金メダルの夢は破れたが、精一杯やったことは”金メダル級”に値する。2007年のアゼルバイジャンで行われた世界選手権で「五輪では笑顔で終わりたい」と話していたとおり、集大成の北京五輪では幸せそうな笑顔でいっぱいだった
(右写真)

(文・撮影=増渕由気子)



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