【特集】世界ジュニア選手権出場のホープは学業「オール5」…女子59kg級・渡利璃穏(愛知・至学館高)【2008年7月29日】



 今年の世界ジュニア選手権がきょう29日、トルコ・イスタンブールで開幕する。昨年、出場した大会で初めて金メダル0に終わった女子にとっては、まさに正念場(女子は31日から)。2年連続で金メダル0となってしまっては、世界の日本を見る目も変わってしまう。2012年ロンドン五輪へ向けて伝統を維持するためにも、何としても金メダル獲得、そして国別対抗得点の優勝を勝ち取らなければならない。

 出場メンバーは、8階級中高校生が5選手とフレッシュな顔ぶれ。その中で、59kg級に出場する渡利璃穏(わたり・りお=愛知・至学館2年、左写真)は、レスリングの成績もさることながら、学業も優秀で、今年の1学期は11教科すべてで5段階評価の「5」という成績を残した。

 それがマットの上での好成績を保証するものではないが、どのスポーツでも、世界で勝ち抜くためには頭のシャープさは不可欠なこと。「レスリング(スポーツ)さえ強ければ…」という姿勢の選手は、選手として伸びないケースが多い。「レスリングもやる。勉強もしっかり」という渡利の活躍が注目される。

■手さぐり状態の初のジュニア国際大会ながらも、「優勝して笑顔で帰ってきたい」

 「出るからには絶対に優勝して帰ってきたいです。でも、まず自分の力がどのくらいか試してみたいです」。国内の同世代の選手間では第一者の地位を確立した渡利といえども、世界での闘いとなると、簡単に「優勝する」という言葉は出て来ない。連日、吉田沙保里や伊調馨といったオリンピック代表選手と練習しているのだから、もっと強気の言葉が出てくると思われたが、「毎日こてんぱにやられていますから」と笑った(右写真=伊調馨に技術指導を求める渡利)

 「ジュニア」とは12月末に18〜20歳の選手が対象。特例として、17歳でも医事証明と保護者の同意があれば出場できる。9月生まれの渡利は現在16歳。一番年齢の高い選手とは4歳もの差がある。ただでさえ、日本選手はパワーでは外国選手には分が悪い。「(外国選手は)減量もすごくやってきて、闘う時はかなりの体重差になると思います」。

 マイナス思考ということではなく、現状をしっかり見つめているだけ。ましてジュニアの国際舞台初参加となれば、まず「自分の実力をしっかりと見極めたい。自分の欠点や課題を感じてきたい」と考えるのが当然だろう。それでも、「優勝して、笑顔で帰ってきたい」という言葉も忘れない。

■島根県の女子選手として初のJOCチャンピオンへ

 渡利は島根県出身。小学校1年生の時に松江のレスリング教室で「マット運動ということでやり始めた。レスリングとは知らなかった」として選手活動をスタート。県の大会にはよく出たが、全国少年少女選手権に出たのは5年生の時だった。「緊張してしまって1回戦でボロ負け」。しかし6年生の時は2位となり、勝つ味を覚えながら実力を伸ばしていった。

 2006年に同県出身の女子選手として初めてJOC杯カデット選手権を制した。しかも、前年まで全国中学生選手権3連覇を達成した1年上の佐藤文香(愛知・至学館高)を破っての優勝(左写真)。その勢いで同年のアジア・カデット選手権60kg級でも勝ち、女子レスリングの途上県の選手であっても、国際舞台で通用する選手になれることを証明した。

 高校は“世界最強の女子レスリング・チーム”の中京女大軍団へ(注・至学館高は同大学の付属高校で一緒に練習している)。「親元から離れる不安や、そんなチームに入って強くなれるのかな、と考えて、ちょっと迷った」が、「やっぱり強くなりたかった。それにはオリンピック選手のいるチームがいい」と決断した。

 子供の頃から負けず嫌いだったという。高校進学直後の2007年JOC杯では、佐藤文香にタックルで持ち上げられてマットにたたきつけられ、腰をひねって一瞬動けなってしまう屈辱を味わったが(右写真=青が渡利)、数分後には立ち上がり、泣きながら向かっていったことも。世界ジュニア選手権で、その負けん気を十分に発揮してほしいものだ。

■16歳とは思えない芯の強さ、それが選手としての強さへ

 負けず嫌いの性格は机に向かった時にも出る。「朝練習があって、授業中に眠たくなることはよくあります。でも、そこで寝たら負け。耐えています」。渡利にとって力を抜くことは、自分に負けることなのだろう。「学校は勉強する場所です。親がお金を出してくれて、まして愛知県に送り出してくれました。レスリングも大事ですけど、まず勉強をしっかりやらなければならないと思います」。16歳にして、このしっかりした考え。耳が痛くなる人も多いのではないか。

 国語、数学、英語、世界史…。毎日の予復習などしたことがなく、授業とテスト前の復習しかやっていないという。それでオール5の成績。集中力のすごさがあるのかもしれない。その集中力が、レスリングでの成績にもつながっているはずだ。

 集中力、勉強でも負けたくないという気持ち、親への感謝の気持ち…。選手としての強さや成長は、こうした要素も大きなウエートを占める。人間としての強さや成長がなければ、選手としても成長しないのである。

 文武両道を進む選手の存在は栄和人監督の誇りであり、これまでの指導方針に自信を持つことになった。「勉強は大事。赤点取ったらレスリングさせない。勉強の辛さに負けるようなヤツでは、世界で勝てないよ」。今まで以上に選手の学業チェックが厳しくなりそうだ。世界最強の女子レスリング・チームは、世界最高のインテリ・スポーツマン・チームも目指すようだ。

(文=樋口郁夫)


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