【特集】北京オリンピックへかける(1)…男子グレコローマン84kg級・松本慎吾(一宮運輸)【2008年7月25日】






 オリンピックの連続メダル獲得の継続を目指す男子ナショナルチームが、北京五輪前の最後の追い込みの練習をやる場所として選んだ地は、恒例の長野・菅平高原だった。五輪代表の6名の中には、昨年の合宿にいなかった男子グレコローマン84kg級の松本慎吾(一宮運輸=右写真)もいた。国内無敵の松本は、全日本チームの合宿とは別に一人で海外へ武者修行に出ることも多い。昨年はグルジア遠征中。今回の菅平は2年ぶりの参加だった。

 国内で全日本9連覇。海外でも2002年と今年のアジア王者に輝いている松本は、60kg級の笹本睦(ALSOK綜合警備保障)とともに2000年シドニー五輪後のの日本代表チームの双璧として活躍、常にナショナルチームのムードメーカー役をになってきた。積極的に練習に取り組んで士気を強めるなど、日本代表チームの精神的柱だった。

■決して楽ではなかった北京五輪への道のり

 しかし、総じて五輪出場権獲得に苦戦した今回の五輪に向けて、松本もその道のりは厳しかった。

 アテネ五輪(7位)後の世界選手権は2005年が8位で、翌2006年が9位。表彰台に立てなくても、日々進化の実感があった。北京五輪第1次選考会を兼ねた昨年の世界選手権(アゼルバイジャン)で、いつもどおりの実力を出して難なく出場権を得るはずだったが、まさかの初戦敗退
(右写真:俵返しが上がらずタマセビ=イラン=を攻めあぐんだ松本)。敗者復活戦に回ることができず、北京五輪出場を決められなかった。

 周囲も松本の敗戦に驚きを隠せなかったが、一番悔しい思いをしたのは、松本自身だ。「どん底に突き落とされた感じ。世界選手権で初戦だけで終わったのは初めてでしたし、磨きかけて悔しかった」。敗因は体力でも調子の悪さでもなく、“気持ち”の問題が一番だった。アテネ五輪後の世界選手権で2年連続ベスト8と好成績を収め、他の海外遠征でも課題はクリアになるばかり。その自信が逆に落とし穴になってしまったようだ。

 「アゼルバイジャンで五輪の資格を取れる、という甘さがあって、気持ちが中途半端になってしまった」。日本チームのエースながら使命を果たせず、どん底を味わった松本。今年3月のアジア選手権(韓国)で北京五輪出場を決めた直後、声を詰まらせ涙を見せる松本の姿が、その辛さを物語っていた
(左写真=北京五輪の出場権を獲得し、インタビュー中に何度も目頭をぬぐった松本)

■ガッツレンチより、得意の俵返しにかける!

 晴れて盟友の笹本と五輪出場が決まった松本は、金メダルに向けての調整を順調にこなしてきた。6月の欧州遠征の最後に出場した「ドイツグランプリ」では2005年の世界王者を破って3位入賞。得意の俵返しも好調で、「本番でも俵返しで」と意気込みを見せた。

 昨年の世界選手権が終わったあとに感じた課題はガッツレンチだった。その克服度が気になるところだが、「ローリング(ガッツレンチ)はしっくりこないので、得意(俵返し)を引き伸ばすことにした」とキッパリ。最後の世界の舞台は、自分のスタイルで勝負することを明らかにした。もちろん、世界選手権で挙がった課題−俵返しだけでは勝負できない−を克服するために、得意の俵返しからの変化技などにも力を入れている
(右下写真:伊藤広道コーチ=手前=の指導で俵返しを研究する松本)

 序盤のパワー勝負にかける外国選手に対して、松本が一番負けたくない部分はスタミナ面。「相手をバテバテになるくらい追い込む」と、序盤のスタンド戦から勝負をかけるつもりだ。松本に限ったことではないが、日本選手のウィークポイントはグラウンドのディフェンスだろう。メダル獲得には、ディフェンスの強化は必要不可欠な要素となっている。

 松本もディフェンスには練習時間の多くを費やしている。「クラッチのずらしの部分で止まってしまう部分がありました。今はずらしの練習を重点的にやっています」と対策は万全。さらに、「グランドで(ガッツレンチ)を耐えるより、スタンドに持ち込んだほうが安全」と、グラウンド状態から一気に立ち上がっての防御も狙っている。

 クロスボディロックのディフェンス側からスタンドに持ち込むには、2度のチャンスが考えられる。俵返しからガッツレンチの組み手に切り替える瞬間と、俵返しに持ち込まれつつ体が浮き上がる瞬間だ。相手がどちらの技で来るのかが読めれば、立つことは十分に可能。海外試合で百戦錬磨の松本は、「五輪の対戦相手はほとんど対戦したことがありますから」と出場選手の攻撃パターンは研究済みで、防御にはかなりの自信を持っているようだ。

■同僚の笹本とダブル金メダルで有終の美を!

 日体大時代の1998年に学生四冠王を取り、翌99年に全日本王者のタイトルを手に入れてから約10年。強くなりたい一心で、海外への武者修行に何度も足を運んだ。ハンガリー、ドイツ、ウクライナ、グルジア、韓国、米国…。大会のみの出場を加えれば、20ヶ国近くになるだろう。

 その集大成となる現役最後の試合の地は中国・北京。「今回が最後の遠征になるので、金メダルを取りたい」。血のにじむような松本の努力の結晶は、北京五輪で何色に輝くのだろうか?

(文=増渕由気子)


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