【特集】審判員の道を歩み始めた元世界Jr.3位の英語教師…船津愛里さん【2008年7月3日】






 6月14〜15日に茨城・水戸市で行われた沼尻直杯全国中学生選手権で、若き女性レフェリーの姿が躍動した。キッズ時代からレスリングに親しみ、現在は茨城・東洋大牛久高校で英語の教員をやっている船津愛里さん。2001年世界ジュニア選手権46kg級では3位に入賞した経験を持つ。男子高校選手の指導をやりつつ2年前から新たな分野に挑み、A級審判員を目指してホイッスルを吹いた。

 全国中学生連盟の上誠一審判委員長は「選手あがりだけに、レスリングを知っていてセンスいいね」と高評価。日本で唯一の国際審判員の高橋(旧姓増田)早苗さんが子育てで“休業”状態であるため、できれば日本第2号の女性国際審判員にまで駆け上がってほしいと願っている
(左写真=船津さんと上審判委員長)

■米国オレゴン州へ留学経験のある才媛

 父・薫さんは東洋大時代の1973年に世界ジュニア選手権で優勝し、長らく東洋大の監督をやっていた。奇しくも上審判委員長(日体大卒)の同期生で、全日本選手権などの時には、やはり同期の日本協会・高田裕司専務理事らを含めて飲んだりする間柄だ。

 妹の友里さんも2006年アジア・チャンピオンの実績を持つ強豪選手
(右写真:2004年全日本選手権は妹・友里さん=左端=が2位で、船津さんが3位)。レスリング一家に育った愛里さんは文武両道を進み、東洋大在学中に米国オレゴン州のポートランド州立大に留学して英会話の勉強に励むとともに、地元のクラブに参加してレスリングの大会にも出場したこともある。

 帰国して卒業後、都内の高校で非常勤講師を1年間やり、2006年4月に現在の高校に赴任。レスリング部のコーチとなり(現在は監督に昇格)、茨城県のレスリング協会から審判の資格獲得をお願いされ、C級ライセンスを取った。昨年の関東高校大会でB級を獲得。今回が初めて「全国」と名前のつく大会を裁いた。

 「選手を15年間やっていたので、選手の視点で見てしまうことがあるんです。(グラウンドで)攻撃しようとしてもできない選手を見ると、スタンドにするのが遅れてしまったり、その逆とか…」。試合に負けて涙を流し、マット上で立ち上がれない選手の気持も痛いほど分かる。無理にでも立たせて試合を終わらせる時も「辛いですね」と言う。

 どの初心者レフェリーも同じだろうが、セコンドからの強烈な言葉の洗礼も受けた。「最初は落ち込んだりしましたけど、今は慣れました。大事な試合を裁く時ほど自分の気持も高まり、必死さが出てきます」と、責任感や緊張感が心地いいと感じる域に達しているようだ


■全日本選手権デビューは、吉田沙保里選手の引退後?

 早ければ今年か来年のA級ライセンス獲得が期待される、そうなれば高橋さん以来の全日本選手権でのデビューという道につながっていく。しかし、これに関しては「多くの人が期待してくれていますけど、軽はずみには言えません」と慎重。まず、気持ちの中に“選手”への思いが消えていないからだという。

 「選手生活に悔いはないし、現役に復帰しようという気持ちもありません。でも、同期で全日本合宿や海外遠征で一緒に汗を流した吉田沙保里選手などがまだ活躍していて、自分は審判で吉田選手と同じマットに立った場合、とても複雑な気持ちがすると思うんです」。今回の全国中学生選手権で初めて女子の試合を裁き、特にそうした気持ちを感じたという
(左写真=初めて女子の試合を裁いた船津さん。ちょっぴり複雑?)

 「正直言って、全日本選手権のマットで女子の試合を裁こうという気持ちにはなれません」。悔いを残すことなくマットを去ったものの、まだ消え切れない選手としての炎が残っているのか。同期の選手がすべてマットを去ってレスリングを脇から支えるようになる日まで、その炎は消えないかもしれない。

 もうひとつの理由は、大学受験の主要教科の英語を担当していることだ。「いま3年生を受け持っています。生徒のために簡単に授業に穴を空けられません。A級、国際への道に進んでいいものかどうか、迷っています。国際審判を目指します、と言えばカッコいいかもしれませんが…」。

 周囲の期待や応援に対して、「はい、頑張ります」と返すことは簡単だ。だが、自分の気持ちと現実を考えると、安易に答えられない。うわべを取り繕うことはしない。文武両道を歩み海外留学も経験した人間らしい聡明さというか、しっかりした自己を持っている女性であることが、短時間の取材からはっきりと伝わってきた。

■「レスリングのおかげで、今の自分があります」

 迷うということは、レスリングを捨てられないことを意味する。「レスリングのおかげで、今の自分があります。何らかの形でレスリングのために尽くしたい気持ちを持っています」と、15年間汗を流してきたレスリングへの愛情はたっぷり。万難を排し、時間が経ってでもいいから最低でもA級ライセンスを取り、途絶えかけていた女性審判の道を再興してほしいと思う。
(右写真=初の全国大会を経験した船津さん。今後は?)

 そんな船津さんへ、第1号女性国際審判員の高橋さんは「レスリングの経験者で英語を自由に話せ、とても将来性があると思います。試合は1人で裁くのではなく、3人の審判で裁きます。自信を持ってジャッジしてほしい。家庭を持つと活動が厳しくなりますけど、全日本選手権で活躍できるように頑張ってほしいです」とエールを送った。

(文=樋口郁夫、撮影=樋口郁夫、矢吹建夫)


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