【特集】北京五輪への最後の決戦! 魂の試される時(4)完…大館信也、井上謙二(ともに自衛隊)、清水聖志人(クリナップ)【2008年6月21日】







 北京五輪出場権をかけて争われる6月25日の明治乳業杯全日本選抜選手権(東京・代々木第2体育館)のフリースタイル60s級に、第1シードとして出場するのが五輪出場権を取ってきた湯元健一(日体大助手)で、第2シードが全日本王者の高塚紀行(日大コーチ)。アテネ五輪後の3度の世界選手権は、湯元が2度、高塚が1度出場しており、国内最激戦区と言われたこの階級は湯元、高塚がツートップだ。

 最後の決戦は、両者の一騎打ちに焦点が当たるのが順当とも思われるが…。しかし、過去3度の世界選手権出場はならなかったものの、同級には両者と肩を並べる猛者が勢ぞろい。湯元は昨年のこの大会で大沢茂樹(山梨学院大)に決勝戦で敗れている。高塚も昨年は清水聖志人(クリナップ)に初戦敗退という屈辱を味わっている。

 今大会も“番狂わせ”はいくらでもあり得る状況。国内のビッグタイトルに縁がないものの、海外遠征などでしっかり成績を残している”優勝候補”、いや、“陰の五輪メダリスト候補”たちが一気に脚光を浴びることも十分にありえる。


■湯元、高塚が最も苦戦した男・大館信也(自衛隊)

 昨年12月の天皇杯全日本選手権で、高塚を最も苦しめたのが、同年のアジア選手権2位の大館信也(自衛隊=
左写真)だ。準決勝で第1ピリオドをクリンチで取り、第2ピリオドも0−0で終盤戦へ。前に出てきた高塚をうまくコントロールしてテークダウンを奪いかけた。しかし、審判の判定はテークダウンの前に大館の足が場外にわずかに出たことを見逃さず1失点。これで流れを高塚に持っていかれてしまった。大館は「同情する声はありましたけど、負けは負けです」と、この結果を真しに受け止めていたが、相当悔しかったに違いない。

 昨年の大会の準決勝でも大館は殊勲の白星を取りこぼしている。相手は湯元健一。序盤から湯元のタックルに苦しみ失点を重ねたが、冷静に反撃の機会をうかがい、湯元の両肩をべったりとマットにつけ、あわやフォールというところまで持っていった。「オレが審判だったら、『フォール』とマットを叩いていたよ」と苦笑いしながら振り返るのは和久井コーチ。「昔は本番に強いタイプだったけど、最近は練習でも試合でも安定してきた」と大館の成長ぶりに太鼓判を押す。

 大館は“タックラー”と言えるスタイルではないが、攻めてよし受けてよしで総合的に穴がない。3年前から自衛隊に拠点を置いてから順調に成長。昨年はアジア選手権で2位に食い込み、秋田国体でも大沢茂樹を破って優勝している。「海外の大会でメダルを取らなかったことがないので、外国人選手との対戦は好き」と言う。あとは国内大会を制するだけだ。

 全日本選手権で3位に終わり、五輪出場権争いに残れなかった時には、さすがに練習のモチベーションが落ちたが、大館の心を支えたのは同僚の先輩・井上謙二だ。「何から何まで尊敬できる。生きた伝説ですよね。だからこそ、井上先輩を超えてみたい」と、4年前、全日本2位かつ国際大会で無名の存在から一気に五輪のメダルまでこぎつけた井上を目標としている
(右写真=自衛隊で練習に励む大館)

 「自分の構えを崩さずに余裕を持って攻めていきたい」。大館が今度こそ、湯元&高塚に勝利なるか?


■“伝説のレスラー”井上謙二(自衛隊)の4年ぶりの優勝なるか

 27歳でアテネ五輪銅メダリストに輝いた井上謙二(自衛隊=
左写真)だが、この4年間はけがに泣き、厳しい状況が続いている。それでも、メダリストの輝きがさびることはなかった。2007年の1月、プロ格闘家の山本“KID”郁徳が出場した時は、2回戦で対戦し、鮮やかな巻き投げを見せてKIDを破り、五輪メダリストの意地とレベルの違いを見せ付けた。

 しかし、KIDが出場したその全日本選手権以来、国内大会では3位が定位置。あと1歩が勝ち抜けない。それは常にけがによる練習不足が一因だ。今大会も体調は万全ではなく、同じ所属の大館とは別メニューで調整している。それでも、「0・001パーセントの可能性があるならば、チャレンジするのが筋」と、死に物狂いで調整に打ち込んでいる。足に痛々しいほど巻かれたテーピングも意に介さず、「試合できる状況に間に合わせます」と言い切った
(右写真=最後の大舞台に燃える井上)

 一度、夢の舞台の五輪に出場し、メダルまで獲得した井上は、他の選手に比べれば“満足”して現役を退ける状況だ。しかし、井上の闘志が消えることはない。「レスリングが好きだから。無理してででもやりたくなります」。結果を残したことで、この先の人生でもレスリングに集中できる環境を手に入れた。あとはそのチャンスをどう生かすかだ。さらに井上は核心をついた言葉を発した。

 「(五輪に出て満足した部分はあっても)チャンピオンになってないですし」。オリンピアン井上は、どこまでもチャレンジャー精神旺盛! この折れない気持ちがある限り、まだまだ若手には負けられない。


■高塚キラーの清水聖志人(クリナップ)、今回も台風の目になれるか?

 昨年の大会での一番の番狂わせといえば、2年連続世界選手権メダル獲得を目指した2006年世界3位の高塚が初戦で敗退したことだろう。清水聖志人(クリナップ=
左写真)は、3年前までフリースタイル55s級の選手。最軽量級出身ならではのスピードとテクニックで高塚を世界代表候補から引きずり下ろした(右下写真=昨年の大会で高塚を下した清水)。しかし、3回戦で霞ヶ浦高の後輩・大沢茂樹にフォール負け。高塚を下した勢いで優勝することはできなかった。

 日体大時代は学生タイトルを総なめにし、全日本選手権決勝の舞台にも立った清水だが、それはすべて55s級でのこと。60s級では優勝に絡むような結果は出ていない。それでも、強い選手であればあるほど清水の強さを認めている。中には「一番やりたくない選手」と漏らす選手もいる。やはり大荒れのトーナメントを演出するトップバッターは清水か。

 その清水の壁となりそうなのは、日体大の後輩・湯元だ。「振り返ってみると一度も勝ってないです。苦手意識とかはないのですが」。再起をはかった昨年12月の全日本選手権では2回戦で湯元と対戦。ポイントを先制するものの、終盤にビッグポイントを奪われ敗退した。その敗因は分析済み。「冬の間に悪いところは全部直しました。5月には韓国で厳しい合宿も張ってきました」と、今までで一番の仕上がりのようだ。

 クリナップには現在3人の所属選手がいるが、長島和幸、北岡秀王とともに五輪出場の道は断たれている。長島とは練習拠点も同じ早大で、いい時も悪い時も共にやってきた同僚だ。夢を断たれた同僚たちのためにも、ここが踏ん張りどころだ。

 気がつけば、井上謙二、大館信也に続くベテラン選手になった清水。霞ヶ浦高校の後輩の高塚と大沢がいずれも国内のビッグタイトルを手中に収め、一歩リードを許している状況だが、「年功序列で行かせてもらいます」とキッパリ。湯元VS高塚よりも、“高塚VS清水VS大沢”の霞ヶ浦元同門対決の方が注目を集めるか!?

(文=増渕由気子、撮影=増渕由気子、矢吹建夫)



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