【特集】北京五輪へ! 逆転代表にかける(1)…男子フリースタイル96s級・磯川孝生【2008年3月11日】







 北京五輪の代表権がかかるアジア選手権(3月18日開幕・韓国)まであと1週間となった。3月6日には日本代表選手21名が発表され、基本的に12月の天皇杯全日本選手権の優勝者が代表に選ばれたが、男子フリースタイルの96s級と120s級は全日本選手権2位の磯川孝生(山口県協会)、荒木田進謙(専大)がそれぞれ選ばれた。

 全日本2位の選手が五輪出場権を獲得してきた場合、6月の明治乳業杯全日本選抜選手権で優勝すれば北京五輪代表に決定する。代表への道のりは容易ではないが、チャンスがめぐってきたことは確かだ。

 逆転代表を目指す磯川、荒木田両選手の特集を2回にわたって掲載する。


■「今まで生きていた中で一番レスリングを楽しく感じる」
  
 「今まで生きてきた中で、一番レスリングが楽しいです」。全日本2位というハンデを乗り越えてアジア選手権の日本代表の座を獲得したフリースタイル96s級の磯川孝生
(右写真)は、今、充実したレスリング生活を送っている。

 モチベーションの差によって結果が大きく変わるタイプの磯川は、常に目的を持ってレスリングに取り組んでいる。拓大時代の2005年に成し遂げた全日本大学選手権と全日本大学グレコローマン選手権のW優勝という快挙も、恩師の西口茂樹コーチとの約束が大きな支えとなった。

 84s級で全日本の頂点に立ったことがあり、学生タイトルも総なめにした磯川は、五輪出場の夢をかなえるために、昨年6月の明治乳業杯全日本選抜選手権から過酷な減量を避けて96s級に上げた。いきなり準優勝の結果を残し、周囲を驚かせたが、磯川自身には小平を倒せなかった悔しさだけが残ってしまった。

 「階級アップは甘くはないと思っていましたが、96s級は想像以上の圧力がありました。84s級のレスリングをしていましたね」。課題に取り組み、12月の全日本選手権ではリベンジを掲げてマットに上がったが、またも小平に返り討ちにされた
(左写真=全日本選手権で小平と闘う磯川)

 絶対に負けられない試合で喫した敗北。北京五輪出場という磯川の夢ははかなく散った。 「年越し合宿も一生懸命やりましたが、気持ちの切り替えはできていませんでした」(磯川)。これは、五輪代表が決まっていない階級で準優勝に終わった選手全員に共通する本音だろう。
 
■2番手でもチャンスがある今回の代表選考
 
 磯川の落ちた気持ちが再燃するきっかけがあった。それが富山強化委員長が出した今回の五輪代表選考方法だ。「1位、2位を競らせて仕上がりのいい選手をアジア選手権、そしてその後のトライアルに出場させる」。富山強化委員長の一声でチャンスがめぐってくる可能性どころか、2位も全日本チャンピオン同様の扱いを受けられ、自力でチャンスを引き寄せることも可能になった。

 最大のモチベーションを得た磯川は1月から2カ月間、心身ともに充実した合宿を積んでいる。「こんなにレスリングが楽しいなんて。全日本合宿は本当にいいところです」。 

 全日本合宿には通常2番手も召集されるが、代表のサポート役という一面が強いのがこれまでだった。今回の全日本合宿では1、2位を中心としたメニューが組み立てられている。コーチ陣も、2位の選手に積極的に声をかけるなど、選手たちを競らせて成長させる作戦を実行してきた。

 磯川自身、全日本2位というポジションは今まで何度も味わってきているだけに、今回の合宿の違いを肌で感じている。コーチ陣がかける一声が2番手の磯川を鼓舞してきたようだ。「本当にありがたいことです。今までの2番手と全然環境が違う」。高まるモチベーションをフル稼働させて、空いている時間には、ビデオ研究に励むなど、日本代表となる準備を怠ることはなかった。

 そして3月6日のアジア選手権発表に磯川の名前があった。全日本王者の小平に腰痛のアクシデントがあったことが一番大きい要因だが、代表になれると信じて練習を積んできた磯川は「準備はできている」ときっぱり。モチベーションを高めてきたがゆえの言葉だ
(右写真:今は2列目に並ぶ磯川だが…=後列右から2番目)

 「自分はチャンスをもらったありがたい立場。アジア選手権ではベストを尽くすだけです」と力強くいい切った磯川が、逆転の五輪代表に向けて第1歩を踏み出した。

(文・撮影=増渕由気子)



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