【特集】けがをウエートトレーニングで克服! 男子フリー最重量級に波乱起こるか?…下中隆広(国士舘大大学院)【2009年12月12日】

(文・撮影=樋口郁夫)



 世界への派遣見送りといった“敵”と闘い、飛躍を目指す重量級で、世界ジュニア選手権3位、アジア選手権3位などの成績を残して期待の星となったフリースタイル120kg級の荒木田進謙(専大)。先月の全日本大学選手権では“天敵”だったロシアからの留学生、ボリス・ムジコフ(山梨学院大)を破り、文字通り“日本最強”の地位を獲得したかに思えた。しかし、実は新たな敵が出現していた。

 新潟国体の準決勝で荒木田を破って優勝した下中隆広(国士舘大大学院=左写真)が、“荒木田時代”の確立に待ったをかけようとしている。徳島・池田高時代の2004年に高校四冠王者に輝いた選手。野球少年を経て高校1年からレスリングを始めてこの成績だから、かなりの才能があったと考えられる。将来を嘱望された逸材だった。しかし、けがのため国士舘大では鳴かず飛ばずの成績。大学4年生の時は、そのリーダーシップの強さから主将に推される一方、選手として試合をすることは少なかった。

 けがの箇所は足首、ひじ、ろっ骨、小指の関節と全身に及んでいた。小指の付け根に埋めたボルトが練習中に飛び出してきたりもし、運動のできる体ではなかったという。しかし卒業して大学院に進み、徹底したウエートトレーニングで体の故障を克服。荒木田を破るまでに実力を伸ばした。天皇杯全日本選手権(12月21〜23日、東京・代々木競技場第2体育館=同級は21日)で打倒荒木田の再現なるか。下中は「国体での勝利は、本当に勝ったわけではありませんから」と話し、控えめな言葉が続くが、無風状態と思われたフリースタイル120kg級に、もしかしたら波乱が起きるかもしれない。

■授業の関係で練習時間は少なくとも、ウエートトレーニングの量は負けない!

 国体での荒木田戦は、第1ピリオドを取られたあと、第2ピリオドは0−0のあとのクリンチによる勝利。しかし第3ピリオドはクリンチにもつれることなくポイントを取り、運だけで勝った内容ではなかった。それであっても、下中は「内容は負けていた」と、あくまでも“まぐれ勝ち”を強調する

 「(荒木田は)高校の時からすごい選手で、田中先輩(章仁=全日本7連覇)と互角にやっていた」と、高校時代に2年連続全日本2位に入っていた荒木田の強さを知っているがゆえに、なかなか強気に出られないのだろう。けがから復帰したあとも、新潟国体で勝つ前には3連敗。さらに「大学院2年目の今年は、去年ほど練習ができていません」という思いも、自信を前面に出せない理由のようだ(右写真=今年6月の全日本選抜選手権は3位。右端が下中)

 それでもウエートトレーニングの量はしっかりこなしている。「レスリングの練習は相手がいなければできません。ウエートトレーニングなら一人ででもできる。(チームの)練習に参加できない時でも、これだけはしっかりこなしています」と話し、トレーニングの量ならば、だれにも負けていない自負を持っている。

 レスリングの強さとパワーアップとは一致するものではないが、重量級においてはパワーアップが実力アップの大きな要素であることは間違いない。荒木田に勝てた要因は、元は96kg級でやってきたスピードに加え、ここ数年のパワーアップの成果なのではないか。

 「けがを治せたのも、ウエートトレーニングのおかげなんです」と言う。けがでマットワークができなくなったあと、ウエートトレーニングをしっかりやることで、不思議とけがをしなくなったという。「思い切りレスリングをやっても、けがをしなくなった。本当にうれしかったです」と、気持ちが前向きになった自分に気がついた。

 授業の関係でチームの練習に参加する時間は限られていても、その短い時間にとことん集中できれば、長い時間をダラダラやるよりは効果がある。ウエートアップ、短時間集中練習、けがで一度はあきらめかけたレスリングを思い切りできる喜びなどが相乗効果となり、新潟国体での優勝につながったのだろう。

■控えめな言葉の最後に、「世界選手権に出てみたい」!

 燃え尽きたと思いながら、しばらくしてから、まだ燃え尽きてない自分がいたことを感じるというのは、よくあること。下中の場合は「燃え尽きた」というより、「燃えることができない」だったが、3年生の時にはけがで体が思うように動かず、「本気になってやめよう、と思った」という状況からの再起だった(左写真=全日本選手権へ向けて練習する下中)

 「就職したらレスリングができなくなる。社会に出る前に、まだ試合に出てみたい。けがを克服できれば、まだできるのでは?」という気持ちが、もう少しやってみようという気持ちになり、大学院進学を選んだ。体力測定に関心があったので、専攻はスポーツ・システム研究科。スポーツ知識の吸収も、選手生活に役に立っているのかもしれない。

 控えめな言葉が続いた中にも、最後には「一度は世界選手権に出てみたい。世界のハイレベルな中で闘ってみたいです」という言葉が出てきた。やはり、荒木田を破ったという事実は、気持ちを奮い立たせているようだ。

 「思い切ってレスリングをできるのが、本当にうれしいんですよ」。こうした前向きな気持ちを持っている選手だから、何かをやってくれるかもしれない。


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