【特集】世界選手権へかける(4)…女子72kg級・佐野明日香(自衛隊)【2009年8月28日】

(文=樋口郁夫)



 1997年に階級区分が変更されて以来、世界選手権の女子最重量級は浜口京子選手が出場してきた。今年は国内予選の段階で浜口選手が休養中。佐野明日香(自衛隊=左写真)が昨年12月の全日本選手権と今年4月の全日本女子選手権を連覇し、世界選手権行きのキップを獲得した。

 女子柔道の強豪・帝京大で主将を務めた。レスリングのキャリアは3年足らずだが、国内2大会を制覇したことで、“ポスト浜口”の一番手と言える実力を証明。今年3月のワールドカップ(中国)では北京五輪金メダリストの王嬌(中国)からポイントを奪うなど(0−2=0-4,3-5)、国際経験を積みながら一歩一歩実力を養成している。

■ゴールデンGP決勝大会で世界トップの実力を痛感!

 実力アップは自身でも感じている。昨年11月に出場したNYACオープン国際大会(米国=1勝2敗)では、組み合ったまま何もできない自分がいて、坂本日登美コーチから「このままではダメだよ」と厳しく指摘された。「柔道出身だからタックルはできない」ではなく、「タックルで取る」と考え方を改め、“柔道レスラー”から“レスラー”への脱皮をはかった。

 コーチの指導のおかげもあり、タックルは取れるようになった。たとえ思うように取れなくても、以前なら「仕方ない」で済ませていたことを、「なぜ? どうしたら取れるの?」と考え、コーチの指導を受けるようになった。「その頃の自分と今の自分、試合をしてみたいですね」という言葉は、自らの成長を実感しているからこそだろう(右写真:鈴木豊コーチの指導でタックルを練習する佐野=左)

 だが10年前ならいざ知らず、今の女子レスリングはキャリアの浅い選手が出場して、すんなり勝ち抜ける状況ではない。佐野は「焦りがあります」と、正直な気持ちを口にした。数ヶ月前には「あと3、4ヶ月ある」と構えていた気持ちが、今は「あと○日…」と切羽詰った気持ちに変わっているという。

 勝負の世界にずっと携わってきた人間として、弱気が最大の敵であることは十分に知っているが、7月のゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン)で見た現役世界チャンピオンのスタンカ・ズラテバ(ブルガリア)や、浜口を破ったこともあるオヘネワ・アクフォ(カナダ)らの試合を見て、簡単な世界でないことを痛感したという。

■中国選手とは違う欧米強豪選手のレスリング

 特にズラテバはずば抜けていた。自身がやっとの思いで勝っている新海真美選手から5点技を取るなどして圧勝のフォール勝ち。決勝もスウェーデン選手を第1ピリオド、難なくフォールで破った。その現実を見せられてしまっては、よほどはったりのできる人間でなければ「優勝する」とは言えまい(左写真:ゴールデンGP決勝大会に続き、ポーランド・オープンでも優勝したズラテバ=中央)

 「びびったというより、今のままでは世界で勝つことはできないと思いました」。これまでにも前述の北京五輪チャンピオンの王嬌や昨年世界2位の洪雁(中国)と闘ったが、同じアジア民族であり、闘いやすい面があった。欧米の強豪は体格もスタイルが違った。

 2回戦で闘ったアクフォは、2kgオーバーで計量する大会であることを差し引いても、「大きい」というのが第一印象。さらに「じっとしていて攻めてこない。何をしていいのか全く分からない」と戸惑い、4分間(2分2ピリオド)で1度しか攻めることができなかった。

 もっとも、そうした経験を経て世界選手権に臨めることは喜ぶべきことであろう。怖いもの知らずで大舞台に臨むことも悪くはないが、現実を知って臨むことも間違ってはいない。むしろ正しいやり方だと思う。

 たとえ2ヶ月間であろうとも、世界トップ選手のレスリングを肌で知った上で対策を立てられたのだから、全日本女子チームが今年から実施した積極的な海外遠征は、選手の実力アップに大いにプラスになっている。ゴールデンGP決勝大会以降、「相手を動かして攻撃する」といった練習を積んでいるという。世界選手権で成果を出すことができるか。

■67kg級欧州チャンピオンには勝つ実力がある!

 6月のオーストリア女子オープンの3位決定戦では、67kg級で世界で1度、欧州で3度チャンピオンになっていて、72kg級でも2005年ユニバーシアード2位などの実績を持つカテリナ・ブルミストロバ(ウクライナ)に勝つことができた。基礎の実力は十分にある。そこに、世界のトップレベルで通じる実力をどれだけ上乗せできるかが、世界選手権へ向けて、そして来年以降へ向けての課題となるだろう。

 ブルミストロバ戦は、その段階で他の選手はみんなメダル獲得が決まっていて、最後にマットに上がった佐野に「全員メダル獲得」がかかっていた。「私一人だけメダルなしなんて嫌でした。だから必死で攻めました」という攻撃精神でプレッシャーを乗り越えた。

 柔道時代から「プレッシャーで硬くなって押しつぶされることはなかった」という。72kg級の試合は女子の最終日(9月25日)。軽量級でメダルラッシュを実現し、力強い後押しが望まれる。

佐野明日香(さの・あすか)=自衛隊

 1982年5月27日、愛媛県生まれ、27歳。愛媛・宇和島東高〜帝京大まで柔道に親しみ、自衛隊へ。けがで伸び悩み引退も考えたが、レスリングと出合って再起。2006年度の全日本選手権で2位へ。

 2007年はNYACホリデー・オープン大会(米国)67kg級で2位へ。2008年ワールドカップ72kg級に選抜されるなど国際大会も経験した。一時期67kg級に落としたあと、2008年全日本選手権で72kg級に戻して初優勝。2009年はワールドカップに2年連続で出場し、アジア選手権で2位。オーストリア女子国際大会で3位に入賞した。168cm。

 ◎佐野明日香の最近の国際大会成績

 《2007年》

 【NYACオープン国際大会(67kg級)】2位(6選手出場)
1回戦   BYE
準決勝 ○[2−1(7-3,1-3,3-1)]Elena Pirozhkova(米国)
決  勝 ●[0−2(0-3,1-1)]Katie Downing(米国)

 《2008年》

 【ワールドカップ】個人順位不明
予選1回戦 ●[2−1(1-0,0-1=2:03,TF8-0=0:58)]Svitlana Saienko(ウクライナ)
予選2回戦  BYE
予選3回戦 ●[2−0(TF7-0=?,3-0)]Stephany Lee(米国)
3位決定戦 ○[2−0(1-0=2:08,1-0)]Darya Kardenko(カザフスタン)

 【NYACオープン国際大会】
1  回  戦 ○[2−0(TF6-0,TF7-0)]Laura Gourley(米国)
準 決 勝  ●[0−2(2-A,2-4)]Ali Bernard(米国)
敗者復活戦 ●[0−2(0-1,0-1)]Svitlana Saienko(ウクライナ)

 《2009年》

 【ワールドカップ】個人5位
予選1回戦 ●[0−2(0-4,3-5)]Wang Jiao(王嬌=中国)
予選2回戦 ○[フォール、1P1:59(F3-1)]Natallia Shynkarova(ベラルーシ)
予選3回戦 ●[フォール、1P1:45(F0-3)]Stephany Lee(米国)
三位決定戦 ○[不戦勝]Oksana Vashchuk(ウクライナ)

 【アジア選手権】2位(9選手出場)
1回戦   BYE
2回戦  ○[2−0(3-0,1-0)]Yana Panova(キルギス)
準決勝 ○[2−0(1-0,4-0)]Gursharanpreet Kaur(インド)
決  勝 ●[0−2(0-1,0-4)]Yan Hong(洪雁=中国)

 【オーストリア女子オープン】3位(10選手出場)
1 回 戦   ●[1−2(4-3, 1L-1, 2-3)]Jenny Fransson(スウェーデン)
敗者復活戦 ○[フォール、2P=0:51 (3-0, F4-0)]Diana Mudrag(ルーマニア)
3位決定戦  ○[2−0(1-0=2:30, 1-0)]Katerina Burmistrova(ウクライナ)

 【ゴールデンGP決勝大会】7位(12選手出場)
1回戦 ○[2−1(1-3,4-0,2-0)]Diana Mudrag(ルーマニア)
2回戦 ●[0−2(0-1=2:02,0-1=2:02)]Ohenewa Akuffo(カナダ)


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