【特集】高卒社会人選手の目標となれるか? アジア・ジュニア・チャンピオンに輝いた立光志織(王子自動車学校)【2009年7月29日】

(文=樋口郁夫)



 高校時代にレスリングの魅力にとりつかれ、卒業後も上を目指して競技を続けたい場合、どんな進路があるだろうか。未曾有(みぞう)の不況によって企業スポーツが衰退する現在、レスリングでは大学か自衛隊へ進んで続けるのが大半だろう。女子の場合、実施している大学が限られているため、やむなくそこで終わる選手もいたはずだ。

 そんな中、この春に一般企業に入社し、今月初めに行われたアジア・ジュニア選手権(フィリピン)の63kg級で優勝を飾った選手がいる。東京・安部学院高を卒業し、王子自動車学校に勤務しながら代々木クラブで練習を積んでいる立光志織(右写真)だ。

 柔道を経て高校入学後にレスリングへ。3年生の昨年夏、全国高校生女子選手権で優勝。今年1月の「ノードハーゲン・ジュニア・クラシック大会」(カナダ)では2連勝して優勝。4月のJOC杯ジュニア・オリンピックでは、中学時代に全国3連覇を達成するなど“レスリング・エリート”の佐藤文香(中京女大)に敗れるも、1点を巡る惜敗(0−2=1-1,0-1)。順調な成長を見せていた。

■柔道をベースに、レスリングの技を覚えて成長

 アジア・ジュニア選手権を「これまで外国選手と闘う機会が少なかった。(外国選手は)力が強くて、思うようなレスリングができませんでした」と振り返る一方、決勝のツメンツェツェグ・シャルフー(モンゴル)戦は「いつも練習していた片足タックルが決まった」そうだ(左写真=アジア・ジュニア選手権で優勝、本人提供)

 安部学院高時代の成富利弘監督は「柔道時代の基礎体力が生かされてここまできた。やっとレスリングを覚えたところで、これからまだ伸びる」と、代々木クラブの吉村祥子コーチ(エステティックTBC)は「社会人になって練習時間が限られ、その分集中して練習するようになった」と、それぞれ成長の要因を説明する。

 突き詰めるなら、それだけの成長の最大の原動力は、「レスリングが好きです」という気持ちだろう。「好きこそ、ものの上手なれ」という言葉があるとおり、まずこの気持ちを持つことが成長につながる。

 卒業するにあたって、「自分からレスリングを取ったら何が残るのか、と考えました。大好きなレスリングから離れられませんでした」と言う。大学進学という選択肢もあり、環太平洋大や日大という話もあった。成績は学年のトップクラスで、勉強が嫌いなわけではない。しかし「社会の厳しさを経験しながらレスリングを続けたい」として就職の道を選んだ。成富監督が探してくれたのが王子自動車学校。レスリング活動を応援してくれることになり、お世話になることになった。

 “プロ選手契約”ではなく、一般社員としての仕事(事務)はこなさなければならない。それでも残業はなく、午後6時に終わって練習に行くことができる。遠征や全日本合宿の際は仕事を免除してくれるなど、ありがたいバックアップ体制がある。

 最初の国際大会で金メダルを取り、さっそく恩を返した。「ホッとしています」と感謝の気持ちをこめて言う。この優勝で、会社のみならず周囲の人たちのレスリングに対する理解もいっそう進んだようで、今後の支援体制も充実したものになりそうだ。

■闘う階級は日本の黄金階級! 全日本選手以上の練習が目標

 当然、アジア・ジュニア・チャンピオンだけで終わるつもりはない。63kg級は伊調馨選手(ALSOK綜合警備保障)が築いた日本の黄金階級。西牧未央選手(中京女大)がそのが城に迫っており、目標は中途半端な高さではない。「(全日本合宿で)西牧さんからスパーリングしてもらいますが、技術は全然足りないし、精神的な強さも追いつかない」と、その壁の高さを痛感している(右写真=2008年全日本女子選手権で憧れの伊調馨選手と闘うも、1分9秒でフォール負け)

 それでも、しり込みする気持ちはない。「学べるものを学びたい」。全日本合宿はレベルアップのための最高の機会だととらえている。それのみならず、「全日本の人たちと同じ練習をやっていたら、いつまでたっても差は変わらない。(ふだんの練習で)自分を追い込みたい。そうすれば差が縮まっていくと思います」ときっぱり。

 高校時代は立川市の自宅から高校(北区王子)に通っていたが、今は親元を離れ高校の寮に舎監として住んでいる。これも練習時間を確保するため。レスリングにかける気持ちと姿勢は、強豪大学の選手に決して負けていない。

 安部学院高の先輩の鈴木綾乃選手が昨春、ジャパンビバレッジに入社してレスリングを続け、今年6月のオーストリア・オープンで銀メダル、7月のゴールデンGP決勝大会(アゼルバイジャン)で銅メダルを獲得するなど成長を見せている。「大学選手には負けたくない」という意地が、彼女らを支えているのかもしれない。

 「王子自動車学校の厚意に感謝したい」という成富監督は、「高卒社会人選手の目標となるためにも、鈴木とともに、立光にも頑張ってほしい」と、教え子の頑張りに熱いエールを送る。代々木クラブの吉村コーチは「大学生なら4年スパンで考えられるけど、社会人は1年1年が勝負。『来年がある』という気持ちではダメ」と、社会人なればこその厳しさを求める。

 世界チャンピオンを目指した闘いは、始まったばかりだ。


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