【特集】東日本学生界に15年ぶりに女性レフェリー誕生…渡部悠香さん(日体大)車屋綾香さん(日大)【2009年5月26日】



 5月20〜22日に東京・駒沢体育館で行われた東日本学生リーグ戦で、2人の女性レフェリーの姿があった。渡部悠香さん(はるか=日体大4年、右写真の左)と車屋綾香さん(日大3年、右写真の右)。ともに55kg級でファイトし、控えめながらも「卒業までに吉田(沙保里)さんを破りたい」と口にする現役選手。東日本学生連盟の粟田敦審判長(法大監督)の「東の学連にも女性レフェリーがいないとならない」という方針のもと、審判の道に足を踏み入れた。

 東日本学生連盟の試合を女性のレフェリーがさばいたのは、同連盟関係者によると1993年の佐藤友美さん(日体大)以来、16年ぶりだという。

■レフェリーの血が流れている渡部さんは度胸満点のデビュー戦

 渡部さんは全国高校生チャンピオンなどを経て2007年にJOC杯ジュニアオリンピックで優勝し、世界ジュニア選手権に出場。昨年は全日本女子選手権で3位に入賞し、全日本学生選手権2位に入った選手。父・徳一郎さん(福島・田島ちびっ子クラブ代表)がA級の審判員であり、キッズ時代から同クラブでレスリングに親しんできた。これまでキッズの全国大会などでホイッスルを吹いたことはあるが、学生の大会は初めてという。

 父の姿を見ていただけに、レフェリーの血が流れているのだろう。粟田審判長のオファーに対して、すぐに「やろうと決意した」という。「選手はまだ続けます。将来はキッズレスリングとかに携わっていきたい。いずれの場合も、審判をやることはプラスになると思います」と、その動機を説明する。

 今大会は決勝の拓大−早大戦も2試合裁いた。団体戦というのは、個人戦以上に応援が激しく、時にエキサイトする。「間違ってはならないと緊張しました。(応援が)熱くなるのは分かっていましたので、自分は冷静にと言い聞かせました」とのことで、その気持ちの強さが出てミスはなし。

 66kg級の試合は3ピリオドともクリンチにもつれ、そのうちの1度は微妙なタイミングとなってアテンション(注意)も取った。内心ドキドキだったと思われるが、そうではなく、「ちゃんとやってよ! と思っていた」とケロリ。

 この大会は、新ルールのチャレンジ(セコンドのビデオチェック要求)は導入されなかったが、そのルールに合わせて審判団はビデオチェックすることなく、微妙な判定の場合は話し合いによってポイントを決めていた。それだけに、3日間のうちには嫌な野次もとんだのではないかと思われるが、「一切気にしないようにしました。実際に気にしませんでした」。一度こうだと思ったら自分の意見を通すタイプとのことで、レフェリーに向いている性格なのかもしれない。(左写真=レフェリーを務める渡部さん)

 しかし「合格点はつけられません。ゾーン際のジャッジがまだ十分でなかったし、迷うことも多かった」との反省も。強豪・日体大でもまれているだけあって、向上心は強い。卒業後もシニア・レベルの審判を続けるかどうかは、就職先などを考えて「成り行きで」とのことだが、ここで終わらせるにはもったいないレフェリー向きの芯の強さがある。

■「大切なことは選手の立場に立った審判をすること」と車屋さん

 3年生の車屋さんは、今回はジャッジだけの当番。それでも「難しいです。決勝戦のような両方が熱くなるような試合を裁くとなったら、緊張すると思います」と感じ、来るべき時の心構えをつくるに十分の大会になった。来月18〜19日に同所で予定されている新人戦ではレフェリー・デビューを果たす予定で、今回の経験が十分に生かされることが期待される。

 審判で一番大事なことは、「審判からの目だけではなく、選手の気持ちに立ったジャッジをすることだと思います」と言う。一方的に「こうだ」と押し通す審判であってはならないという。ただし、今回は必死だったので、「そこまで考える余裕はなかった」とのことだが…。

 レフェリーは「卒業して現役を退いたら、いずれやりたいと思っていた」という。声をかけられ、予定より早くその機会が訪れたので前倒しして挑んだ。選手として上を目指すことを辞めたのではなく、「比重は選手活動の方が上。今年の夏は学生チャンピオンを目指します」と言う。

 小学校1年生の時から秋田・飯田川スポーツ少年団でレスリングに親しみ、中学では柔道部に所属したが、岩手・宮古商高で再びレスリングへ。これまでに全日本レベルの大会で何度か2位、3位になっている。今では「この先、ずっとレスリングに接していきたい」とまで口にするほど、レスリングへの愛情を持っている。国際審判も「できたらいいな、と思っています」ときっぱり。(右写真=ジャッジを務める車屋さん)

■「女性レフェリーの養成は時代の流れ」…東日本学生連盟・粟田敦審判長

 粟田審判委員長は「女子レスリングが盛んになり、女性レフェリーの養成は時代の流れ。日本協会の斎藤修審判委員長からも言われていた」と、16年ぶりの女性レフェリー起用の理由を説明する。15年もの間、女性レフェリー不在だったのも不思議だが、「東日本の大学に女子選手が少なかったから…。今後はつくっていきます」と、遅ればせながら積極登用を口にした。

 2人が今年1年間しっかりと審判をこなし、日本協会の審判委員会委員でもある粟田委員長から合格点をもらえば、B級ライセンスを取得することができる(現在はレスリング経験者に与えられるC級ライセンス)。「日本協会としても、女性レフェリーを養成していかなければなりません」と話し、ともに学生の審判で終わらず、いずれは国際審判員にまでなってくれることを期待する。

 2人とも9月の全日本学生選手権は「選手として出場するので、審判はないと思います」と話したが、粟田審判長は「冗談じゃない。女子の試合は初日で終わる。そのあとはレフェリーです」と、選手&審判での出場を指令するつもりだ。“男の世界”に果敢に挑んだ2人の、審判としての活躍にも注目だ。

(文=樋口郁夫、撮影=矢吹建夫)


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