【特集】再び花を咲かせた“指導のプロフェッショナル”…京都府立海洋高校・三村和人監督(下)【2009年4月14日】



 2004年アテネ・2008年北京両五輪銀メダリストの伊調千春選手(現ALSOK綜合警備保障)やアテネ五輪銅メダリストの井上謙二選手(現自衛隊)らを育てた三村和人氏(海洋高顧問=左写真の中央)。18年間の網野高教員を経て、2年間はレスリングの指導を離れたが、再びレスリングの指導に戻ることになった。その舞台が京都府立海洋高だった。

 「不良と先生」をテーマにした学園ドラマは数多くある。授業中に床で寝ていたり、勝手に出て行ってしまったり…。多くがフィクションならではの作り話だ。しかし、三村氏が「先生たちが生徒を放っておいたら、テレビドラマのような状態になる」と話すように、赴任時の海洋高は荒れていた。

 水産高校は全国に48校あり、一般的に水産業に携わる人員を養成するためのカリキュラムが組まれている。1990年代に高校野球で準優勝した沖縄水産高はよく知られている。「クラブの活性化が学校を建て直すきっかけになる」という当時の校長の意向で、三村氏が網野高に続いて海洋高に“レスリングの種”をまくことになった。

■網野高時代の教え子の三浦力哉氏が全面協力

 同校は、学校を挙げて生徒指導の徹底とクラブ活動の充実を図った。その中心にいたのが、「生徒指導部長」の三村氏だ。三村氏を先頭に行った改革で、校内は沈静化され、本来のシステムが機能し始めた。「まずはルール作りから始めました」。レスリング部を立ち上げて、10名ほどの部員を抱えた。サボって退部する部員や校則違反で退学する部員などがいて、課題は山積みだったが、一つずつ解決していった。

 赴任2年目、レスリング部に強力な助っ人がやってきた。網野高時代の教え子の三浦力哉氏(国士舘大卒=左上写真の左)が赴任してきたのだ。三村氏は顧問職に就き、監督業は三浦氏が担当。三村氏のノウハウを知り尽くしている三浦監督の手で、“海洋の畑”にまかれた種は、順調に成長した。

 その部員達に常に説いていることがある。「“心ひとつに”という瞬間をどれだけ持てるか。みんなが一瞬のためにギューっと団結した時は、力を発揮するんですよ」。特に高校生は爆発的にできるときがあるという。その瞬間を生み出すためには「日常のまじめな取り組みが必要なんです」と三村氏は説く。

 部員も各学年10人程度になり、全階級にフルエントリーできるようになった海洋高は、その総合力を生かして、昨年秋の京都府予選で、昨年の全国高校選抜大会王者の京都八幡高を撃破した(右写真:全国王者を撃破し、喜ぶ海洋高の選手ら=提供・三村氏)

 高校五冠王者の北村公平選手(74kg級)を擁する京都八幡高には、正攻法では勝てない。そのための作戦を練りに練った。その作戦を授けた生徒たちの心が、京都予選で“ひとつ”になった。「北村などピカっと光った選手を倒したわけではないけど、京都八幡に勝ったことは素直にうれしかった」(三村氏)。三浦氏とともに、新天地でもわずか4年で全国区のチームを作り上げることができた。

■全国の初舞台は初戦敗退だったが、これからが勝負

 晴れて全国の舞台に立った海洋高だったが、結果は初戦敗退。敗因は明白だった。「経験不足です」。対戦相手の八千代松陰高(千葉)のメンバーは66kg級と84kg級をエントリーしない布陣を組んだため、ポイントゲッターである66kg級・成田隼と84kg級・西尾直己の試合がなかった。「その2人の試合がなく、波に乗れませんでした」と振り返り、勢いをつくることができずに初戦で敗れた。

 新しいチームというのは、怖いもの知らずで強いチームに名前負けしない利点もある。一方で経験不足で負のスパイラルから抜けだす術を知らない弱点もある。京都八幡高に勝ったときは、前述した利点が功を奏したが、全国高校選抜大会では後述の弱点を露呈する結果となった。他校に劣る“経験値”をどれだけ埋められるかが、今後の課題となるだろう(左写真=全国高校選抜大会で闘う海洋高選手)

 全国大会デビュー戦はほろ苦い結果となったが、海洋高が全国の舞台に立ったことは大きい。海洋高は現在、文武ともに快進撃が続いている。クラブ活動では、レスリング部を筆頭に成績を残し始め、学力面も数年で飛躍的に伸びた。昨年は国立大に100人中9人が合格。水産高校ならではの特殊な資格を多く取得できるため、就職率も抜群のようだ。

 「知られていないだけで、素晴らしい環境・条件がそろっている」という海洋高では、三村イズムに新システムを導入できそうだ。“畑方式”に加えて、海洋高は”漁業方式”も可能だ。「海洋高の学区は全国です。全国の中学生に入学資格があります」と他府県から生徒を集めることが、“正攻法”で可能なのだ。

 海洋高独特の利点も興味深い。「海洋高は、水産学校の中でも環境は抜群です。学校のすぐ後ろに防波堤があり、船があります。2時間目が「英語」、3時間目が「船」という時間割が可能なんですよ。さらに校内に深さ10メートルのプールがあります。それでいて府立ですから、授業料は安く、資格もたくさん取れます。寮も完備で1ヶ月3万5000円で食事付きです」と三村氏は熱弁する。

■選手時代の実績のない指導者がこだわるものは…

 水産業に就職希望の全国の中学レスラーたちが、“資格ブーム”に便乗してレスリング部がある海洋高へ進学を希望すれば、”畑”と便乗して、2倍も3倍も速く強くなれることは確実だ。「レスリングをやりつつ、『将来は船長になりたい』なんて生徒がいたらいいね」と三村氏は理想を話す(右写真:初の団体戦全国大会出場を果たした海洋高選手=新潟市体育館前、提供=三村氏)

 網野高ではレスリングの一大組織を作り、宮津高では専門外の指導も成功。海洋高に至っては、学校改革まで手がけた三村氏。なんでもこなせるスーパー教員が、最もこだわるところは、やっぱりレスリング。「レスリングの指導に関しては負けたくないですね」と、レスリング・エリートあがりの指導者たちにライバル心を燃やす。育てるエキスパート・三村氏が手掛ける“第3の畑”海洋高からどんな選手が生まれてくるか楽しみだ。

(文=増渕由気子)


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