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【特集】「少年少女を盛り上げ、押立代表に恩返しがしたい」…高槻市連盟・寺内正次郎会長【2010年7月26日】

(文・撮影=樋口郁夫)
 


 全国大会の団体戦(現在は廃止)で20度の優勝を遂げた吹田市民教室の押立吉男代表が亡くなってから2度目の全国大会。同教室は8階級で優勝し、優勝選手の数でトップを奪い返して伝統と遺志を受け継いだが、押立代表の遺志を受け継いでいるのは吹田市民教室の関係者だけではない。

 吹田市の2つ隣の市にある高槻市連盟
(右写真)の寺内正次郎会長もその一人で、「押立代表の遺志を受け継ぎ、大阪の少年少女レスリングを発展させて恩返ししたい」と強調する。1985年に全国連盟に加盟しており、大阪府で2番目に古いクラブだ。

 自身は柔道の出身でレスリングの経験はないが、押立氏と知り合ってレスリングの道に入った。「押立さんの熱意のほか、人間性や優しさに心を打たれ、全面的に協力していこうと思いました」。以来、30年近くにわたって押立氏を助け、大阪の少年少女レスリングを盛り上げてきた。1987年の第1回押立杯関西少年選手権は、寺内代表が高槻市の全面協力を得て実現した。

 今回は河内義雄理事長の愛娘・沙樹(女子5年40kg級)が銀メダルを獲得しただけにとどまった。しかし、勝つことだけを目的としてクラブを運営しているわけではないので、「暑い中、みんな一生懸命にやってくれたので、満足しています。大会を通じて選手同士や親子の関係が深まったと思います」と言う
(左写真=セコンドが河内理事長、その右2人目が寺内会長)

 指導方針は「レスリングを通じて人間関係を深めよう」。寺内代表は「勝つことは、もちろん大事ですが、勝つことにこだわらず、全国のレスリング仲間とのきずなを深めることが大切だと思います」と言う。レスリングの輪を広げ、「レスリング人口が増えることで、日本のレスリングを支えていきたい」と言う。

 また、レスリングを通じて「和」を深めることも教えている。「強ければいい、というものではありません」と強調し、「親に感謝する気持ちを一番大切にさせたい」と、精神面での成長も期待する。

 息子もこの教室で育った。小学2年と4年になる2人の孫(山本美佳・美紗)もレスリングをやっており、現在はクラブの頑張りとともに、孫の成長も楽しみのひとつだ。負けて帰ってきても、優しい“お祖父ちゃん”として迎えるレスリング一家。“押立吉男の遺産”は、高槻でも脈々と受け継がれている。



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