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【特集】世界選手権へかける(12)…男子グレコローマン84kg級・斎川哲克(両毛ヤクルト販売)【2010年8月24日】

(文=樋口郁夫)



 昨年の世界選手権は、世界での実績が何もない状況で臨んだ。今年は一転して「アジア選手権銀メダル」という実績持って臨む男子グレコローマン84kg級の斎川哲克(両毛ヤクルト販売=左写真)。それでも、今年の目標を問われると、大風呂敷を広げることなく、「去年は1回戦負けだったので、今年はまず1勝すること」と謙虚に言った。

 一度の成功が、次の成功を保証するほど勝負の世界は甘くない。大言壮語しないのは、その事実を知っているがゆえだろう。第一、アジア選手権(インド)の銀メダルでは「成功」とは言えない。斎川は「決勝で負けていますから…」と振り返り、グレコローマンの日本チーム最高の成績だった銀メダルに重きは置いていない。

■昨年は、初めての世界選手権のマットに平静でない自分がいた

 それでも、昨年に比べれば自身の成長は十分に感じている。「去年の大会は、まだ細かったですね」と振り返り、現在は世界で闘えるだけの体力がつき始めていることを実感。2月のデーブ・シュルツ記念国際大会(米国)で外国選手相手に2勝を挙げたことや、アジア選手権で旧ソ連の選手3人を破ったことなど、「自信にはなっています」と言う。

 2度目の世界選手権ということで、「去年よりは落ち着いてマットに上がれるでしょう」とも言う。昨年、初めて経験する世界選手権のマットでは
(右写真)、平静ではいられなかった。北京五輪前、日本のエースだった松本慎吾(現日体大監督)に「真っ向から勝負を挑める唯一の若手選手」と言われた度胸満点の斎川であっても、試合前は「落ち着きがなかった」というのが率直な気持ち。

 コーチ(セコンド)も、他の国際大会とは違っていた。いつもと、すべてが違っていた。本来の自分を取り戻せないままホイッスルが鳴った。「あがる」「雰囲気にのまれる」とは、また違う感覚だという。しかし、経験は何よりも大きな財産だ。今年は未知の世界ではない。「普通の大会の時と同じ気持ちでマットに上がれると思います」と言う。

 精神修行という点では、今年7月に選手だけで実行したポーランド遠征も貴重な経験だった。実戦の感覚が空いてしまうため、日体大のOBで実施した独自の海外遠征(自衛隊からも1人合流)。コーチはだれも同行しなかった。「練習スケジュールやバスの時間のチェック、大会のファイナルエントリーなど、いつもはコーチにやってもらっていることを、すべて自分たちがやりました」。

 いろんなことに神経を使い、スタッフの苦労を経験することができた。その経験が人間としての成長に役立ったことは言うまでもない。人間としての成長は、選手としての成長にもつながる。マットの上だけでなく、マット外でも多くの経験を積んだ今年は、ひと回りも二回りも大きくなった斎川が見られそうだ。

■相手をばてさせる自分のレスリングを貫く!

 レスリング・スタイルは昨年と変わってはいない。「デーブ・シュルツ国際大会で勝った、アジア選手権で2位になった、と言っても、練習が変わったわけではない。特別なことをやり始めたわけではありません」と言う。やってきたことは、相手をばてさせてスタミナで勝負する日本流のレスリング。

 「一発一発のパワーは違っても、それをしのいで手薄にしていくことで勝機は出てくる。スタンドの1分半を飛ばして相手の息を上げさせることで、勝利の道が見えてくると思っています」。結果が出ているということは、そのスタイルがかなり確立されてきたからだろう
(左写真=全日本合宿で最終調整する斎川)

 もちろん、一瞬に全神経を集中する必要性を忘れているわけではない。ポーランド遠征から間をおかずに行った今月初めの韓国遠征でも、韓国選手の集中力のすごさに舌を巻いた。「時間は短くとも、体にかかる負荷がすごかった。練習の1コマ1コマが本当に集中している。これだからこそ(韓国は)強くなるのだと思った」と一点集中の必要性を再確認。自分の練習に役立てている。

 昨年の世界選手権では、初戦で1ポイントも取れないまま敗退という結果に、報道陣からの再三のリクエストに対しても記者団に向き合ってくれることはなく、ひと言も口を開かなかった。何を言っても言い訳ととられてしまうことが嫌だったのだろう。斎川流の“男の美学”か?

 本来はとても饒舌(じょうぜつ)で、愛想のいい選手だ。今年は、すばらしい結果とともに、報道陣に堂々と向き合ってほしい。


 斎川哲克(さいかわ・のりかつ)=両毛ヤクルト販売、2年連続2度目の出場
 1986年3月11日、栃木県生まれ、24歳。栃木・足利工高〜日体大卒。高校時代の03年にJOC杯カデット選手権、全国高校生グレコローマン選手権、国体で優勝し、アジア・カデット選手権でも優勝。日体大へ進み、04年に1年生で全日本学生選手権に優勝。同年の全日本選手権では2位に入賞した。
 その後、けがによる戦線離脱もあったが、07年には2階級にまたがって学生四冠王に輝き、フリースタイルででも実力を見せた。同年全日本選手権は96kg級で北京五輪出場を目指したが、かなわなかった。08年は国体96kg級で北京五輪代表を破って優勝し、全日本選手権では本来の84kg級で初優勝。09年はアジア選手権、世界選手権に出場した。10年のアジア選手権で銀メダル獲得。185cm。



◎斎川哲克の最近の国際大会成績

 《2010年》
 【ピトラシンスキ国際大会(ポーランド)】
17位(28選手出場)
1回戦 ●[1−2(3-0,2-3,1-4)]Theodoros Tounousidis(ギリシャ)


 【5月:アジア選手権(インド)】
2位(10選手出場) 
決  勝 ●[1−2(0-1,2-0,0-4)]Lee Se-Yeol(韓国)
準決勝 ○[2−1(0-3,3-1,4-0)]Alkhazur Ozdiyev(カザフスタン)
2回戦  ○[2−0(1-0,1-0)]Jahondir Muminov(ウズベキスタン)
1回戦  ○[2−0(4-0,2-2)]Janarbek Kenjeev(キルギス)

 【3月:ハンガリーカップ(ハンガリー)】=36選手出場
1回戦 ●[0−2(0-3,0-5)]Aetur Omarov(チェコ)

 【2月:デーブ・シュルツ国際大会(米国)】6位(15選手出場)
5・6位決定戦 ●[棄権]Peter Hicks(米国)
敗者復活戦  ●[棄権]Dejan Sernek(スロベニア)
敗者復活戦  ○[2−0(1-0,7-0)]天野雅之(中大)
敗者復活戦  ○[2−1(4-0,0-1,4-0)]Talan Knox(米国)
2  回  戦  ●[0−2(0-2,0-4)]Christoffer Ljungback(スウェーデン)
1  回  戦  ○[2−1(2-0,0-1,4-0)]Nate Patrick(米国)

 《2009年》
 
【9月:世界選手権(デンマーク)】28位(33選手出場)
1回戦 ●[0−2(0-1,0-2)]Damian Janikowski(ポーランド)

 【5月:アジア選手権(タイ)】11位(11選手出場)
1回戦 ●[0−2(0-6,0-4)]Lin Ming-Hsuan(台湾)

 
【3月:ハンガリーカップ(ハンガリー)】12位(20選手出場)
敗復戦 ●[0−2(0-5,0-7)]Ahmet Yildirim(トルコ)
2回戦  ●[1−2(0-4,6-0,0-3)]David Karchava(グルジア)
1回戦  BYE

 
【2月:ニコラ・ペトロフ国際大会(ブルガリア)】8位(14選手出場)
2回戦 ●[0−2(0-1,0-1)]Ahmed Yildirim(トルコ)
1回戦 ○[2−0(3-0,3-0)]Danierl Kardashliev(ブルガリア)



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