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【特集】世界の頂点は遠くないと確信…男子フリースタイル55kg級・稲葉泰弘(警視庁)【2010年9月11日】

(文=保高幸子、撮影=矢吹建夫)




 銅メダルを決めた瞬間、稲葉は大げさに喜んだりはしなかった。コーチたちに向かって小さくガッツポーズ(右写真)。欲しかったのは金メダルだったからだ。しかし、「金メダルじゃなかったですけど、メダルが獲れてうれしかったです」と、表彰台では笑顔。これで、日本の55kg級に「INABA」がいるということを世界に印象づけた。 

 イブラヒム・ファラグ(エジプト)と対戦した1回戦、そして2回戦のアシアン・ジャナハノフ(カザフスタン)との闘いは、圧倒的な強さでテクニカルフォールの連続。稲葉のレスリングここにありを、世界に見せつけた。「初戦は自分じゃない感じで、緊張しました」と話すが、得意とするタックルからの流れるようなアンクルホールドで次々と得点を重ねる姿からは、初出場の緊張は見られなかった。

 ジョン・マヌエル・ピネダ(カナダ)との3回戦まで、すべてピリオド・スコア2−0の勝利。オベンソン・ブランク(アメリカ)との4回戦でも、あわやという場面がありながらも最後はフォールで締めくくり、快進撃だった。「あっという間でした」と稲葉。

■守ったのが悪かった準決勝のアゼルバイジャン戦

 3位決定戦の相手は、2007年世界2位のナランバータル・バヤラー(モンゴル)。以前、「守ってくるタイプからポイントを取ることがなかなかできない」と言っていたが、この選手はがっちり守ってくるタイプだった。しかし田南部力コーチ(警視庁)によると、「がぶりでひっかきまわして、それが効いていた。それで最後アタックして(よかった)」と、苦手タイプの対策もうまくいったようだ。「自分のレスリングができた」という稲葉。今年に入っての国際大会では全て3位決定戦で負けていた。どうしてもプレッシャーに襲われる3位決定戦で、落ち着いて試合できた事は大きな収穫だ。

 やるべきことをほぼやった大会になったが、唯一悔やまれるのは準決勝。17歳と若いトグール・アスガロフ(アゼルバイジャン)との第3ピリオドは、前半にポイントを取り、1−0で試合は進んだが、最後の最後に稲葉が投げをうったが失敗し、テークダウンされてしまった。日本陣営は投げ技の有効を訴えてチャレンジしたが、認められず、1−2で決戦のピリオドが終わった
(左写真)。稲葉は「ラスト何秒で負ける悪いくせが出てしまいました」と悔しそうな表情。

 「守ったのが悪かったです。攻める気持ちが大事と、あらためて思いました」と、攻撃の重要性を学んだ稲葉だが、田南部コーチは「こちら側のミスもあります。全日本合宿でやってはいますが、ラスト15秒の勝負の意識づけが足りなかったかもしれません」と稲葉をかばった。パワーよりもスピード勝負の稲葉。攻撃を磨く事が課題だろう。

■「表彰台に昇ったら、もっと上にいきたいなと思った」

 準決勝をラスト数秒で逆転負けし、3位決定戦へ向けて気持ちの切り替えにも少し時間がかかったようだ。しかし、「以前に講義で聞いた日大の林先生の言葉を思い出して、会場の外に出てみました。それで気持ちを入れ直しました」という。その内容とは、「あまりいい流れじゃない時は、その場所から離れた方がいい」というものだ。全日本合宿での講義をしっかり聞き、実践した稲葉。田南部コーチも「志の高い選手」と太鼓判を押している。

 “世界のメダリスト”という箔(はく)がつき、田南部コーチは「これで湯元進一(自衛隊=2010年アジア王者)、松永共広(ALSOK=2008年北京五輪銀メダル)と対等になった」と言う。日本の55kg級は強い、という証明をした大会となった
(右写真=同じく銅メダルを取った浜口京子とともに)

 「表彰台に昇ったら、もっと上にいきたいなと思いました」と笑う稲葉。今回獲るはずだった金メダルを手にするには、「3位決定戦のような試合ができれば」と言う。世界の頂点は遠くないと確信した。あと少し、もう少しで表彰台の一番上までたどり着く。

 国内での切磋琢磨で攻撃に磨きをかけ、次は必ず表彰台の一番上で大きなガッツポーズを見せてくれるだろう。



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