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【特集】生涯“レスリング人”! 自衛隊の幹部候補生を育てる勝目力也さん【2010年3月15日】


(文・撮影=増渕由気子)  

 3月6〜7日に自衛隊体育学校のある朝霞駐屯地内で全自衛隊レスリング大会が行われた。全国の駐屯地からレスリング部隊が一堂に会して行われる同大会は、今年で16回目。初日は団体戦が行われ、全国の部隊から17チームが参加して行われた。その中には、静岡・沼津学園高(現飛龍高)でインターハイ2連覇、山梨学院大で全日本学生選手権3連覇などを経て自衛隊で活躍した勝目力也さん(左写真)の姿もあった。

 レスリングで自衛隊と言えば、五輪金メダリストも輩出してきた強豪チームだが、この大会は体育学校の所属選手を除いた形で行われる。だが、かつて体育学校で汗を流して全日本のトップで活躍し、現在は体育学校をはずれて各部隊で活躍している選手が出場してくることもある。

 勝目さんは、自衛隊では全日本選手権3位などの実績を持つ選手。現在は自衛隊の幹部候補生となる少年工科学校(神奈川・修悠館高)の付陸曹(自衛官になるための生活面の指導)であり、同高のレスリング部コーチとして活躍している。

■体の小ささをバネに相撲、そしてレスリングで活躍

 2年前までは監督を務め、初心者ばかりの新入生の中から県のチャンピオンを何人も育てた。今年の3年生は監督としては最後の教え子たち。「彼らは卒業後、自衛隊の幹部候補として教育され、もうレスリングをやることはありません。最後だから一緒に闘いたかった」と、右手首を骨折している状況の中、テーピングで固定し、教え子たちとともに「少年工科学校A」の一員として団体戦66kg級にエントリーした。

 1回戦の相手は優勝候補の「練馬駐屯地」。66kg級には2004年の国体フリースタイル55kg級王者の杉谷武志選手がエントリー。大会屈指の好カードとなった。試合は接戦だったが、やはり右手首の骨折が響いて1−2の判定負け
(右写真左が勝目さん)。チームも2−3で敗れ、教え子たちとの闘いは終わった。

 「この3年間、レスリングをやりぬいたことで、各部隊に配属されてからの自信になったはずだ」。勝目さんは最後まで教え子たちに体を張って、メッセージを送り続けた。

 勝目さんは小さい頃から"逆境”をモチベーションに闘ってきた。「体が小さくて、『小さい、小さい』と差別されてきました。だから、大きい人に勝ちたくて相撲を始めたんです」。小よく大を制す―という言葉どおりの活躍で「当時、相撲界でちょっとした有名人だったんです」と照れ笑いを浮かべた。

 レスリングに入るきっかけは、その相撲の活躍があったからこそ。うわさを聞きつけた沼津学園高の井村陽三監督から誘われ、転向した。相撲上がりの腰の強さを生かして2年生でインターハイ王者の座に輝き
(1991年の地元インターハイで優勝した時の勝目さん)、山梨学院大でも全日本学生選手権で3連覇を達成。オリンピックを本格的に目指した卒業後は、一時は企業のバックアップを受けて活動するいわゆる“プロ選手”にもなった。

■「センスとは、努力して自分でつくるもの」が信条

 だが、順風満帆ではなかった。高校と大学のトップはすぐさま手に入れたが、全日本での悲願はならなかった。企業を辞めて自衛隊体育学校に入隊して選手活動を続けたが、全日本3位が最高成績で、世界選手権やアジア選手権などの桧舞台は踏めなかった。

 そんな苦楽を味わった現役生活を送ったからこそ、子供たちに伝えたいメッセージがたくさんある。「僕自身センスがある選手ではなかった。センスとは、努力して自分でつくるものです」という考えを生徒たちに浸透させ、高校入学から競技を始めた場合は、最高で10年ものキャリアの差があるキッズ・レスリングあがりの選手たちとそん色なく闘えるように育てた。

 少年工科学校で指導方法を確立した勝目さんには、次の夢がある。防衛大への赴任を希望しており、それがかなった後、二部リーグに低迷しているチームを育て強くしたいこと。さらに、昨年初めて出場した世界マスターズ選手権に「日本代表として闘っていきたい」ということ。

 同じ世界選手権でも、世界マスターズ選手権に関しては「全額自腹で、移動手段なども全部自分たちで手配している」のが現状。だが、「少しでもマスターズのレスリングが盛り上がれば」と、努力は惜しまないそうだ
(右写真=1月の全日本マスターズ選手権で優勝した勝目さん)。シニアの世界選手のみ注目されがちだが、「マスターズも熱いですよ。元五輪選手や世界選手権代表がゴロゴロ出て、レベルが高いんです」と説明する。

 現在のルールは勝目さんの現役時代と大きく異なる。自身のレスリングを進化させ、それを後進の指導にも生かそうという勝目さんの野望は果てしない。小さい頃から逆境に強かった勝目さん。一流の選手兼指導者というアラフォーの鏡を目指す。


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