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【焦点】これぞ学校教育! 滋賀県立栗東高・田中秀人監督の生徒指導
【2011年2月21日】

(文=樋口郁夫)




 多くの新聞で報じられたことだから、掲載しても問題はないだろう。先月、滋賀・栗東高校の野球部が部員の不祥事によって、全国高校野球連盟(高野連)から今年6月までの半年間の出場停止処分を受けた。内容は、部内暴力のほか、喫煙、飲酒、窃盗、万引き、器物損壊、バイクの無免許運転…。高校生の非行の考えられる限りの行為に、27人の部員のうち19人がかかわっていたことによるペナルティーだ。

 これだけの人数で、これだけの非行。「半年の出場停止なんて甘い。廃部だ」という声もあったようだが、高野連は警察による強制調査ではなく、学校独自の調査・報告であることを評価し、それがゆえに、新年度3年生になる選手から“最後の夏”を奪うことなく、「6ヶ月」としたらしい。学校による徹底調査の中心となったのが、生徒指導部主任の田中秀人レスリング部監督だ(
右写真=キッズ高田道場滋賀の代表を兼ねる)。

 「学校のただならぬ姿勢を感じました」と田中監督。最初から19人もの非行が露呈したのではなく、何人かが問題行動をしているという情報が発端だった。以前にも部内暴力があり、県の高野連から厳重注意を受けていた。再度の不祥事に、田中佐重樹校長が「ウミを出し切る」と強い姿勢で徹底調査を命じた。

■27人の部員、一人ひとりと真正面から向き合った

 自らは非行にかかわっていなくとも、その場にいたこともすべて告白させ、出るわ、出るわで、これだけの非行事実を把握。それらを隠すことなく正直に高野連に報告した。無期限の出場停止も覚悟していたことだろう。しかし、正直な姿勢があったからこそ、高野連は3年生に“最後の夏”を与えた。

 田中監督が振り返る。「『部がなくなってしまうぞ。野球ができなくなってもいいのか。すべてを正直に話すんだ』と、1人ひとりと真正面から向き合いました」。日体大レスリング部で活躍し(1987年3月卒)、がっちりした体格。高校生からの暴力に対しても屈することはないはずだ。正面からにらまれ、すごまれたら、大人でも震え上がってしまうムードがある。

 だが田中監督は、威嚇(いかく)的な行為はしなかったと強調する。昔と違って鉄拳のひとつでもやったら問題にされる時代。生徒を従わせるのは、き然とした態度であり、生徒を思う気持ちを伝えることだという。「女の先生であっても、芯のある先生なら生徒は従います。逆に、生徒と向き合わない先生、非行があっても見て見ぬふりをする先生などに対しては、言うことを聞きません」。
(左写真:NTS中央研修会で選手を見つめる田中監督=中央)

 田中監督のもとには、他校の先生から「よくあれだけの事実を公表したね。ウチの高校だったらもみ消したよ」といった賞賛が寄せられたという。“もみ消す”ことはなくとも、氷山の一角を“すべて”として幕引きすることが普通なのではないか。

 部員が最後の夏を奪われなかった温情に感謝し、更生の道を歩むか、「のど元すぎれば熱さ忘れる」で時が経てば元の木阿弥(もくあみ)に戻るかは分からない。しかし、生徒の非行に真正面から向き合い、ウミをすべて出した田中監督の行動は、レスリング界の人間が誇りにできることだと思う。

■教育に必要なことは、画さないことと逃げないこと

 スポーツ、特に格闘技の世界には、時にどうしようもない不良少年が入ってくる。ありあまるエネルギーを正しい方向に向かせてやるのも指導者の力量。何人もの不良少年を更生させたことで最も有名な監督は、茨城・霞ヶ浦高校の大沢友博監督だろう。“魔王”と言われた厳しさに耐えかねて逃げ出した選手を実家まで追いかけ、連れ戻したことなど日常茶飯事のようにあったそうだ。

 他にも、不良少年を立ち直らせ栄光をつかませた監督は数多く聞く。私の耳に入ってこないだけで、全国にそうした指導者はたくさんいるはずだ。以前は鉄拳の何発もとんだことだろう。共通しているのは、逃げることなく真正面から向き合ったことだと思う。不良少年がいなくなって「厄介払いができた」と喜ぶことなく、手がけた選手を思い続けたこその更生にほかなるまい。

 スポーツ選手の不祥事に対するマスコミの目は以前より厳しくなっている。以前なら記事にならないことでも記事にされる。社会全体としてスポーツ選手の一挙手一投足に厳しい目が向けられている時代だ。もし不祥事が起きた時、関係者はどう行動すべきか。

 絶対に必要なことは、隠さないことと逃げないこと。栗東高校と田中監督の姿勢と行動から学ぶことは多い。



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