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【対談】全国少年少女連盟・今泉雄策会長−韓国少年少女チーム・安光烈代表
【2011年8月6日】


 7月29〜30日に新潟市で行われた全国少年少女選手権には、韓国から9選手(男子7選手・女子2選手)が参加した。代表は韓国にレスリングを根付かせた安光烈氏。ここ20年以上、日本をしのいできた韓国だが、意外にもキッズ・レスリングというのは存在していなかったそうで、1988年ソウル五輪から20年以上が経ち、競技力の低下を懸念した安光烈代表が韓国でもキッズを広めようと行動を起こした。

 全国少年少女連盟の今泉雄策会長と安光烈代表に、両国のレスリング事情などを話してもらった。(7月30日、新潟市東総合スポーツセンターにて。
右写真:今泉会長=左=と安光烈代表




 今泉「今回は参加していただき、ありがとうございます。韓国のチームがこの大会に参加したのは初めてのことです」

 
安光烈「韓国では少年少女レスリングというものが存在していませんでした。最近、シニアの力が落ちてきて、どうにかしなければならないと思い、少年少女世代からの強化ということを考えました。この世代の強化がなければ、韓国レスリング界の将来はないと思っています」

 
今泉「安さんは今年81歳。群馬県協会を務めた正田文男さん、茨城県協会の会長を務めた沼尻直さん(いずれも故人)らとの交流で日本と太いパイプをつくられたのですね」

 
安光烈「日本からレスリングを教えてもらいました。東京オリンピックが終わったあと、八田一朗会長(故人)にお願いし、日本でレスリングを学びました。明大や国士舘大が弱かった私たちを受け入れてくれた。1970年代からは北関東の高校などとも交換試合を行わせてもらった。韓国が強くなれたのは、日本のおかげです」

 
今泉「1966年には世界選手権のフリースタイル・フライ級で張昌宣選手が優勝した。1976年のモントリオール五輪では、梁正模選手が韓国のスポーツ界で初めて金メダルを取った(注:1936年ベルリン五輪で孫基禎がマラソンで優勝しているが、当時の韓国は日本の植民地支配下にあり、日本代表としての出場だった)。日本の応援団も抱き合って喜んでいたものです。その後、急速に力をつけ、1988年のソウル五輪の前あたりから日本より強くなりましたよね」

■ソウル五輪へ向けて、徹底した海外遠征で強化…安光烈代表

 
安光烈「ソウル五輪の頃がピークでしたね。その後。落ちてしまった」

 
今泉「オリンピックが終わると、どの国もそうなりますね。10年くらいは遺産で通じても、その後は落ちてしまう。日本もそうだった、でも、韓国のグレコローマンはまだ世界のトップレベルを維持しているでしょう。フリースタイルはかなり落ちてしまったみたいですが」

 
安光烈「最近のアジアでは、イランのグレコローマンが強くなってきました」

 
今泉「韓国レスリング界のすごさは、重量級でも世界に通用するいい選手が出てきたことがありますね。同じアジア民族でも、日本人とは筋肉のつき方が違うのでしょうね。筋肉が柔らかい。耐久力のある筋肉なんじゃないかな」

 
安光烈「ただ、アジアの選手のパワーではヨーロッパの選手のパワーには勝てないですよ。それを補う工夫をしないとね」

 
今泉「韓国には手(腕)が長い選手が多い。こういう体型の方がレスリングに向いている。相手をつかむ競技ですからね。ブバイサ・サイキエフ(北京五輪で3度目の優勝を成し遂げたロシア選手)なんか、ひょろーとして手が長いんですよ。韓国のレスリングが短期間で成長した陰には、どんな強化をやってきたかをお聞きしたい」

 
安光烈「とにかく海外遠征でしたね。ヨーロッパへ多くの選手を長い期間送り、試合と練習を積みました」(右写真=セコンドの後ろで選手の試合を見守る安光烈代表)

 
今泉「日本も東京五輪へ向けてそうでしたよ。イランやトルコなどバルカン半島を含めてヨーロッパへ行って試合と合宿で鍛えた。東京五輪のあと、そうした遠征が少なくなった。それが力を落とした一因だと思う。韓国は国交の問題でソ連に行くのが難しい時代がありましたが、その分、ヨーロッパ遠征で鍛えましたね」

■少年少女の普及と強化に取り組まなければ、韓国レスリングの未来はない…安光烈

 
安光烈「1980年に三星が韓国協会のスポンサーになってくれ、財政的に大きかったです。それで海外遠征を数多くこなせました」

 
今泉「そうやって強くなっていったのに、少年レスリングが発展していなかったというのは意外ですね」

 
安光烈「中学でもレスリングはやっていなかったです。以前は高校に進んでからレスリングを始めた選手ばかりでした」

 
今泉「テコンドーが盛んな国ですからね。レスリングは、プロレスのイメージがあって、親からは敬遠されていたというふうにも聞いています」

 
安光烈「それはありましたね。親がテコンドーや空手をやらせることはあっても、レスリングはやらせなかった。プロレスとはまったく別物なんですけどね。あと、韓国の子供たちは勉強が大変です。親の学歴に対する意識は日本より上でしょう。スポーツより勉強という雰囲気もあり、レスリングだけでなく少年のスポーツは栄えなかたです」

 
今泉「これまで、どうやって選手を集めてきたのですか?」

 
安光烈「高校や大学の関係者が格闘技に向いている選手を集めてきたというのが現状です。ですから、基本のできていない選手もたくさんいますよ。これでは韓国レスリングの将来はないと思い、少年の普及と強化に取り組みました。今回、日本の大会に選手を連れてきて、選手やコーチのやる気を感じましたので、よかったかな、と思います」

■女子の発展のために必要なキッズ・レスリング…今泉会長

 
今泉「この大会を見ての感想は?」

 
安光烈「盛況ぶりに驚きました。少年少女のうちからこんな技を使っているのかと驚きもしました。こうした土壌があれば、日本が将来強くなる可能性は十分にあると感じました」

 
今泉「そう言ってもらえると、うれしいです。韓国の指導者の中には、あまり早くにレスリングに取り組んでも意味がない、という人もいます。中学まではいろんなスポーツをやって十分に基礎体力をつくり、高校になってからレスリングをやればいい、と。これまでの韓国は、底辺を広げてその中から強い選手を育成しようという発想ではなく、素質のある選手をとことん鍛えよう、という感じだった。才能のある選手はテヌン村(すべての競技のトップ選手が集まっているナショナルトレーニング場)に集めて、とことん鍛える。どちらのやり方がいいのは分からない」

 
安光烈「高校まで柔道や空手など他のスポーツをやっていた選手で、レスリングをやって強くなったという選手は多いですよ」(左写真=銅メダルを獲得した女子5年46kg級の金貞攸選手とともに)

 
今泉「少年少女レスリングは、女子選手を育てるのに大きな役割を果たすと思います。女子の場合、ある程度の年になってからレスリングを、といっても、なかなか取り組めるものではない。韓国が女子を強化しようと思うのなら、少年少女レスリングの普及が必要だと思います」

 
安光烈「韓国の女子は50人くらいしか選手がいません」

■グレコローマンの強い韓国だが、少年少女はフリースタイル…安光烈

 
今泉「日本では小学生を入れれば500人くらいですかね。年々増えているので、このままやっていけば女子の強さを維持できると思う。男子はどのくらいの競技人口ですか?」

 
安光烈「どんどん減っています。3000人くらいでしょうか」

 
今泉「日本の競技人口より少ないのですよね。少数精鋭で強くなってきた。まあ、日本の女子もそんな感じできましたけど。もし、これから韓国で少年レスリングを普及させるとして、最初はやはりフリースタイルですか? ヨーロッパのように、まずグレコローマン、ということはありますか?」

 
安光烈「グレコローマンの投げ技は、少年には危険があると思います。やはりフリースタイルだと思います。まだ体がしっかりできていない時からグレコローマンをやらせるのは、どうかな?」

 
今泉「ヨーロッパでは、レスリングというとグレコローマンという国もあり、幼少の頃からグレコローマンをやる国もあります」

 
安光烈「ありますけど、そうした国はグレコローマンの選手や指導者が多く、しっかりした基盤が確立されている国じゃないでしょうか。中途半端な指導体制のもとで、中途半端にグレコローマンをやるのは、よくないような気がします。はっきりしたことは分かりませんが」

 
今泉「韓国の少年少女レスリングの発展をお祈りしています」



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